チベット問題に関する志位書簡について

 チベット問題はよほど日本人の心をつかむのか、日本のネット言説は一時期チベット一色だった。
 トルコでクルド人が虐殺されても、ブータンでチベット系の王権がネパール系住民を「民族浄化」しても、パレスチナでイスラエル軍が暴虐の限りを尽くしても、日本ではほとんど話題にならない。チベットの暴動だけが関心を呼ぶのは、それが「中国による弾圧」であるからにほかならない。日本の現代ナショナリズムの最も重要なファクターは中国への蔑視と敵視であり、チベット問題は低俗なナショナリズムの自己満足の道具に成り下がっているのが実情である。
 日本政府や日本軍による国家犯罪をどんな手を使ってでも正当化し、普段「人権」「自由」といった価値を攻撃している右翼ナショナリストが、チベットに限って国家の弾圧に抗しているのは失笑するしかないが、他方で左翼系のネット言説でも右翼に隙を見せたくないのか、この問題ではナイーヴなリアクションが目立った。

 ちなみに私は正当な政治活動に対する弾圧に右も左もなく、そもそも中華人民共和国は「平和と平等」という「左」の価値から全く縁遠い国家だと考えているので、一連の問題で中国政府を批判するのにやぶさかではないが、当ブログではあえて沈黙を続けた。
 その理由は私がチベットの政情に関する知識に不足すること、外国の問題よりも自国の問題を優先していること(日本国家に納税する主権者として)、現実問題として中国批判が日本の国家犯罪を相対化する政治的効果を与えることなどもあるが、決定的理由は当ブログが日本語を解する人々を対象にしているからで、チベット語でチベット人の自治・独立運動を励ますことも、中国語で中国市民に問題を提起することも、私の語学力ではできないことにある(当ブログにはなぜか時折海外からのアクセスがあるが、それも外国在住の日本系の人だろう)。

 右翼系のネット言説の中には、チベット問題に沈黙する左翼を攻撃する向きが強いが、中国政府の行動を正当化しているのならばともかく、「沈黙」まで攻撃されてはたまったものではない。特に個人ブログの場合、取り上げることのできるテーマは自ずと限定されるわけで、何でもかんでも主張することなど不可能である。たとえば私はブログで「従軍慰安婦」問題を本格的に取り上げたことがないが、それは問題を無視しているのでも、正当化しているのでもないことは、当ブログの方向性から容易に類推できるだろう。
 左翼系の言説でも、たとえば日本共産党がチベット問題で「沈黙」していることを批判する声があった。しかし、国会に議席を持つれっきとした政党である以上、その言論にある種の戦略性があるのは当然で、少なくとも「沈黙」は容認しうると私は考えていた。中国共産党と日本共産党が同一視されることを危惧する向きもあるが、一般の世論では「冷凍ギョーザ」は話題になっても、「チベット」はネットの政治ブロガーほど問題になっていない。選挙の頃には忘れているだろう(それはそれで問題なのだが)。

 前置きが長くなった。本題はここからである。日本共産党が4月3日付で、志位和夫委員長が中国の胡錦濤国家主席に宛てたチベット問題に関する書簡を公表した。
 チベット問題――対話による平和的解決を/志位委員長が胡錦濤主席に書簡-日本共産党
 チベット問題をめぐって、騒乱・暴動の拡大と、それへの制圧行動によって、犠牲者が拡大することを、憂慮しています。
 事態悪化のエスカレーションを防ぐために、わが党は、中国政府と、ダライ・ラマ側の代表との対話による平和的解決を求めるものです。
 そのさい、双方が認めている、チベットは中国の一部であるという立場で対話をはかることが、道理ある解決にとって重要であると考えます。
 だれであれ、オリンピックをこの問題に関連づけ、政治的に利用することは、「スポーツの祭典」であるオリンピックの精神とは相容れないものであり、賛成できないということが、わが党の立場であることも、お伝えするものです。 
*宛名、差出人名省略。
 この書簡の内容には次のような問題がある。

 ①中国政府と「ダライ・ラマ側」との対話を望んでいるが、それはすなわち今回の暴動にダライ・ラマ亡命政権が関与しているという中国側主張を支持することを前提としている。
 ②「チベットは中国の一部であるという立場」を支持することで、自治権論の立場をとるダライ・ラマとは異なる勢力(チベット人の独立派)の発言権を認めていない。
 ③北京オリンピックでの抗議行動を「政治的利用」とみなしている。

 おそらくチベット問題での態度を明確にするよう求める党内外の声に応えた結果なのだろうが、はっきり言ってこんな書簡を出すくらいなら「沈黙」を貫いた方がよほど理に適っている。これでは中国共産党の弾圧行動を支持したと受け取られる危険性が強い。
 民族自決は本来共産党の一大原則であり、ダライ・ラマだけをチベットの代表者とする根拠もない。「チベットが中国の一部」かどうかはチベット住民が決めることであって、外国にどうこう言う権利はない。
 オリンピックについても戦前ナチス・ドイツの下で行われたベルリン五輪が第2次世界大戦を準備したように、決して政治性から逃れられるものではなく、一般論としては何らかの抗議行動(ボイコットなど)をとることは、経済制裁などと同様ありうることである(北京五輪でやれという意味ではない)。

 宛名の肩書きが「中国共産党総書記」ではなく「中華人民共和国国家主席」であるところに、これが「友党」としての忠告ではなく、抗議の意を含んでいると解釈できないこともないが、そんな腹芸はいらざる誤解の元である。
 もう出してしまった書簡をどうすることもできないが、日本国内の反共主義者や民主党信者に攻撃材料を与えてしまったと言わざるをえない。非常に残念である。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-03 23:07


<< グリーンカード兵士から見える軍... 「反貧困フェスタ2008」のw... >>