「大江・岩波裁判」1審判決~史実の勝利

 大江健三郎『沖縄ノート』(岩波書店、1970年)及び家永三郎『太平洋戦争』(岩波書店、1968年)の沖縄戦「集団自決」に関する記述が、沖縄戦下で座間味島の戦隊長だった梅沢裕氏と渡嘉敷島の戦隊長だった故・赤松嘉次氏の名誉を棄損したとして、梅沢氏本人と赤松氏の弟が大江氏と岩波書店に慰謝料支払いと出版差し止めを訴えていた訴訟(いわゆる「大江・岩波裁判」)で、大阪地裁は原告の請求を棄却する判決を下した。
 この訴訟はそもそも沖縄戦下での「集団自決」を軍が強制したという事実を隠蔽したい勢力が唆して起こしたと言っても過言ではなく、原告側の主張は史料の裏付けがない非学問的なもので、裁判官に先入観がない限り、今回の判決は当然の結果と言えよう。文部科学省は先の教科書検定で、この訴訟の原告側主張を根拠に教科書から「軍の強制」の記述を削除させたが、司法は検定の根拠を全面否定したのである。

 判決で重要な要点は次の通り。

①梅沢・赤松による「集団自決」命令説は、援護法の適用を受けるための捏造であるという原告側主張を、援護法の適用が意識される以前から、アメリカ軍の「慶良間列島作戦報告書」や沖縄タイムス社編『鉄の暴風』(朝日新聞、1950年)のような軍命令の証言を示す資料が存在したこと、原告側の証言が合理性を欠くことなどを理由に退けた。

②手榴弾が交付されたこと、住民らがスパイ容疑で処刑されたこと、日本軍が駐屯していなかった地域では「集団自決」が発生しなかったことなどを理由に、「集団自決」に日本軍が深く関与したことを認定し、座間味・渡嘉敷それぞれで梅沢・赤松を頂点とする上意下達の組織があり、彼らが「自決」に関与したことを「推認」した。「自決命令」それ自体の認定は回避した。

③「集団自決」に関する学説の状況、根拠となる文献の存在と信用性の判断、著者の取材状況などから、問題の記述には「合理的資料もしくは根拠がある」と評価し、家永・大江が軍の強制を「真実」であると信じる「相当な理由」があったことを認め、梅沢・赤松への名誉棄損は成立しないと断じた。大江の赤松(書中では匿名)批判についても「意見ないし論評の域を逸脱し」ていないとした。

 細部に関して慎重だが、それだけに理路整然とした内容で、現在の通説ともほぼ合致する。軍による住民の処刑、「集団自決」の強制を事実として認め、原告の根拠なき主張をすべて退けた以上、大江・岩波側の全面勝訴と言っていいだろう。史実を隠蔽しようとする動きに一定の掣肘を与えたと評価したい。
 原告は控訴するのが確実なので、訴訟はまだ続くだろうが、控訴審で今回の判決から後退することのないよう陰ながら応援したい。

 なお原告側主張の元となっている作家の曽野綾子氏の言説のお粗末さについては、最近文芸評論家の山崎行太郎氏が精力的に丁寧な批判を行っている。山崎氏は保守派と目されているが、「集団自決」の争点は価値判断の前提となる事実認識であり、それには右も左もなく、彼が曽野氏を批判するのは真っ当である。今さら当ブログごとき弱小ブログが紹介するのも気が引けるが、念のためリンクしておく。
 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

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by mahounofuefuki | 2008-03-28 21:06


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