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映画「靖国」上映妨害問題 (追記あり)

 来月公開予定のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」(李纓監督)をめぐっては、以前から保守系メディアが観もせずに「反日」とのレッテルをはったり、自民党の稲田朋美衆院議員ら歴史修正主義派の国会議員が国政調査権を盾に文化庁へ事前試写をごり押ししようとし、結局配給元が国会議員向けの特別試写会を開くなど、上映妨害の動きが続いていたが、ついに上映館のうち1館が上映の取りやめを決めていたことが明らかになった。

 朝日新聞(2008/03/18 09:03)によれば、上映中止を決めた映画館の運営会社側は「色々と問題になっている作品。問題が起きればビルの他のテナントの方への影響や迷惑もある」と右翼団体などの威嚇的・暴力的妨害を恐れて上映予定を中止したことを示唆している。この弁明は日教組教研集会への会場貸与契約を一方的に破棄したプリンスホテルの言い分と似ている。実際に暴力を受けたわけでもないのに、易々とテロの脅しに屈する事例がこうも立て続けに起きるのは、この国においてはもはや言論・表現の自由を社会的に保障する地盤が崩壊していることを端的に示していよう。

 ただし今回の映画上映妨害問題はプリンスホテル問題と決定的に異なる点がある。それはプリンスホテル問題では、在野の反社会的右翼団体の「潜在的な威嚇」(実際に脅迫を受けたわけではないというプリンスホテルの言い分を信じれば)が問題の原因であるのに対し、今回は国会議員という公職者が妨害を行っていることである。テロリストが威嚇するのと、憲法遵守義務(日本国憲法第99条による)がある国会議員が威嚇するのではまるで次元が異なる。
 12日に行われた国会議員向け試写会は、文化庁が配給元に要請して行われたという(朝日2008/03/14 13:13など)。当初稲田氏ら一部の議員が事前試写を要求していたのを、配給元はすべての国会議員向けに試写を行うことで「検閲」にならないようにしたというが、議員限定という時点で事実上の検閲にほかならない。そもそも本来は配給元に伝えるまでもなく文化庁が議員らの検閲圧力をはっきりと拒否しなければならない。与党の国会議員の威力がいかに絶大であるかが改めてわかる。

 稲田氏らの介入の根拠は、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」が「靖国」に助成金を出したことに対する国政調査である。稲田氏は13日に「憲法で保障された『表現の自由』があるので、映画の内容を論評する気はないが、靖国神社という政治的な題材を扱った映画に政府関係機関が助成したことは疑問だ」と述べ(産経新聞2008/03/13 18:57)、上映中止という本音を隠しつつ、当面は公的助成の是非に問題を絞ることを示唆している。
 *「論評する気はない」と言いながら、試写会後には「靖国神社が侵略戦争に国民を駆り立てる装置だったというイデオロギー的メッセージを感じた」(朝日2008/03/13朝刊)と「論評」しているのが相変わらず支離滅裂だが。

 「靖国」は2006年度に日本芸術文化振興会の「芸術文化振興基金」より750万円の助成金を受けている。同振興会の公表資料によれば、助成の適否は、芸術文化振興基金運営委員会の各専門委員会が「芸術文化振興基金助成金交付の基本方針」と各部門の募集案内を踏まえて「専門的見地から調査審議を行」って決定するという。「靖国」は記録映画なので記録映画専門委員会が審査する。
 現行の「芸術文化振興基金助成金交付の基本方針」は、第1項で助成にあたっては「政治的、宗教的宣伝意図を有するものは除く」と明記している。「政治的宣伝」とは特定の政党・政治団体の宣伝と解するほかない(もし「政治的宣伝」を「政治問題を取り上げること」と解したら、どんな社会問題も政治と無縁でない以上、ほとんどの記録映画が該当してしまう)が、稲田氏らは「靖国」の内容がその「政治的宣伝」に該当するのではないかとの疑念を抱いているようだ。
 しかし、これまで稲田氏を含め、試写を実見した議員の誰からも「靖国」が特定の政党や政治団体の宣伝を含むという発言はなされていない。製作が日中共同である(産経、前掲)とか、南京大虐殺の写真を使っている(朝日 2008/03/13 20:25)といった非難は上がっているが、「靖国」が特定の政党や政治団体の政策を伝えているという話は今のところない。むしろ「内容は意外と穏やか」「反靖国とか反日とか神経質になるのか理解出来ない」(増子輝彦参院議員、映画「靖国」-ましこノートより)という評があるほどである。

 「靖国」が「政治的宣伝」に当たるのかどうか、一般の主権者が確認するには映画が公開されなければならない。芸術文化振興基金の助成が正当なのかどうか議論するには、とにもかくにも映画を観ないことには始まらない。それなのにほとんどの人が観られない公開前の段階で、助成の取り消しを議員が勝手に言い出すのは、事前検閲による上映妨害以外のなにものでもない。上演中止になれば、かえって自己の主張の「正当性」を一般の人々に示す機会を失うことを稲田氏らは自覚するべきである。
 いずれにせよ、こうした一部国会議員の行為が暴力的ナショナリズムを扇動し、上映そのものが危うくなっている。これは映画製作者の「表現の自由」のみならず、観衆の「映画を観る自由」が脅かされていると看做さざるをえない。


《追記 2008/03/31》

 毎日新聞(2008/03/31 21:28)などによると、「靖国 YASUKUNI」の上映を予定していた東京の映画館3館と大阪の映画館1館が上映中止を決定したという。これで事実上の公開中止となってしまった。産経新聞(2008/03/31 18:46)によると、一部の「政治団体」が上映妨害の動きを見せていたというから、完全に右翼テロに屈したと言わざるをえない。もはや日本は暴力が支配する無法地帯であることを実証してしまった。
 製作者は上映妨害を主導した稲田朋美衆院議員ら国会議員及び実際に威嚇の動きを見せたという右翼団体を提訴すべきである。この問題をウヤムヤにしてはならない。「映画を観る自由」が脅かされていることを我々は自覚せねばならない。

【関連記事】
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【関連リンク】
独立行政法人 日本芸術文化振興会
芸術文化振興基金
芸術文化振興基金助成金交付の基本方針*PDF
芸術文化振興基金 平成18年度助成対象活動の決定について(映画の製作活動:第2回募集分)*PDF
by mahounofuefuki | 2008-03-19 21:52


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