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「コイズミ」的な「空気」が拡大する危険は続く

 どの世論調査でも生活・医療・教育などへの不安や福祉国家への待望が高まっているし、だからこそ明確に「構造改革」路線を放棄しない福田内閣の支持率は下落を続けているのだが、一方で今も「構造改革」=新自由主義路線の張本人である小泉純一郎元首相への人気は高い。いや正確には人気がメディアによって煽られていると言うべきだろう。

 13日に静岡7区選出の片山さつき衆院議員への応援のために小泉氏が浜松市を訪れたが、翌日のスポーツ紙やワイドショーが一斉に大きく報じた。仮に福田康夫首相が応援に行っても一般紙はともかくスポーツ紙やワイドショーが報じることはあるまい。これは今も「コイズミ」がメディアで「数字(売上部数や視聴率)を取れる」キャラクターであることを意味する。
 当の本人は浜松での講演で「私は総理を辞めたんですよ。次の総裁選挙に出る気なんて、まったくありません」と「再登板」を否定したという(神奈川新聞2008/03/13)。小泉傘下に復帰したと言われる元首相秘書官の飯島勲氏や「構造改革」派の政治屋たちの思惑は別として、その言葉自体に偽りはないと私は思っている。小賢しい彼がわざわざ火中の栗を拾うような真似をすることはないからである。

 問題は本人に登板の意思がなくとも、「コイズミ」がメディアに露出することで、あたかも「改革が道半ば」とか「コイズミのようなやり方でないと危機を突破できない」というような認識が常に有権者の頭にインプットされることにある。
 実際は「コイズミのせいで社会保障は崩壊し、経済も弱体化した」し、前述のように有権者の多くも「構造改革はもうノーサンキュー」と考えるようになっているのだが、一方で依然として「小さな政府」論=「政府の役割は小さいほどよい」という信仰が未だに根強く、「既得権益の解体」を小泉、あるいは「コイズミ」的なもの(たとえば宮崎県の東国原英夫知事あたりが危ない)に託そうとする可能性は残存している。

 「貧弱な坊や」安倍晋三氏や「陰気なツンデレ」福田康夫氏に比べて、「陽気な独裁者」(by辺見庸氏)である小泉氏は、キャラクターとしては依然としてプラスのイメージを保有している。「政界再編」云々といった生臭いレベルではなく、もっと大きな社会を覆う「空気」として「コイズミ」的なものが再拡大する危険は依然として存在する。
 差別と競争を旨とする新自由主義の廃棄と、社会的公平の確立を希求する側は「コイズミ」対策を真剣に考えねばなるまい。その際、単に対抗馬として知名度の高いキャラクターを用意するというレベルの方法では、広告代理店を握る新自由主義勢力に返り討ちにされるだろう。真の勝負は有権者にそれぞれの自己の生活を見つめ直すことを促せるかどうかにかかっているような気がする。
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by mahounofuefuki | 2008-03-15 14:36


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