宮内庁の羽毛田信吾長官が2月13日の記者会見で、皇太子徳仁親王一家が天皇・皇后を訪問する回数が少ないことに苦言を呈する発言をして以来、皇室をめぐってさまざまな憶測が囁かれ波紋を呼んでいる。羽毛田氏の発言は、表向きは敬宮愛子内親王を皇居に連れて来ないということを問題にしていて、皇太子も2月23日の誕生日前の記者会見で「家族のプライベートな事柄」と述べているように、一般常識から言えば「孫を祖父母に会わせない」というどうでもよいことである。
その「どうでもよいこと」をなぜあえて宮内庁長官が公にしたのか。2004年に皇太子が雅子妃の「人格を否定する動き」が宮中にあったという暴露を行って以来、天皇と皇太子の間にある種の「疎隔」があるのではないかという疑いがあるが、その原因は「家族のプライベート」にとどまらないのではないか。羽毛田氏の皇太子「批判」については、いわゆる「千代田」(皇居・宮内庁)と「赤坂」(東宮職)の縄張り争いを指摘する向きもあるが、私にはもっと深刻な問題が横たわっているように思う。 この問題を考えるヒントとして、今月発売された『論座』3月号に掲載された明治学院大学教授の原武史氏の論文「21世紀の象徴天皇制と宮中祭祀」を紹介したい。皇室における宮中祭祀の位置と現天皇の祭祀への熱意を明らかにしている。 (前略) 現天皇は、宮中祭祀に非常に熱心である。宮中祭祀とは、皇居内の宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)で行われる祭祀のことで、天皇が出るべき祭祀は、1年間に30回前後もある。宮中祭祀というのは、無知な右翼ナショナリストが信じているような古来続いたものではなく、明治維新後に創出されたものである。戦前「臣民」に強制された国家神道の中核は皇室による宮中祭祀だった。敗戦後、占領軍のいわゆる「神道指令」により国家神道が解体され、日本国憲法施行後は政教分離原則により、宮中祭祀は皇室の私的行事となった。 しかし、原論文も指摘しているように、今も宮中祭祀は戦前の皇室祭祀令に準拠して行われ、「建国記念の日」=「紀元節」、「春分の日」=「春季皇霊祭」、「秋分の日」=「秋季皇霊祭」、「勤労感謝の日」=「新嘗祭」、「天皇誕生日」=「天長節」というように、いまだ宮中祭祀に起源をもつ祝日が多く現存している。天皇の行動は憲法に制約される以上、政教分離原則を厳密に適用すれば、限りなく憲法違反の疑いが濃厚な状態にあると言える。 天皇が宮中祭祀に熱心なのは、戦前の天皇制が抑圧装置として民衆に君臨し、また建前においても実質においても天皇が「大元帥」として軍国主義に加担した過去を反省し、天皇の役割を「国民」の平穏を祈ることに求めているためと考えられる。政教分離への無自覚は別として、天皇は再三にわたり日本国憲法の遵守を明言し、機会をみて近年のタカ派傾向を批判もしてきた。天皇制の存続のためには「平和への祈り」が不可欠と考えている節がある。 しかし、皇太子の方には祭祀への熱意はない。1950年代生まれの彼にしてみれば、旧態依然の祭祀は不合理に映っているのかもしれない。ましてや外国生活が長かった皇太子妃はなおさらだろう。宮中正殿に上がるたびに潔斎を要求されるような慣習にはついていけないはずだ。雅子妃の「適応障害」とは宮中祭祀に「適応」できないというのが原因ではないかとさえ私は思っている。 羽毛田発言の背後には天皇の宮中祭祀継承への不安があるのではないか。表向きは愛子内親王をダシに使ってはいるが、実際は直接皇太子に自らが信じる宮中祭祀の重要性を説き、次代にも「祈る天皇」像を継承させたいのではないか。 最近、天皇が骨粗鬆症に罹患している可能性が公表され、祭祀への出席も見直すことも明らかになった。皇后も近年病気がちであり、いよいよ宮中祭祀を皇太子が担わなければならなくなる。天皇は自らの健康に不安があるからこそ焦りがあり、それが異例の宮内庁長官の皇太子「批判」につながったというのは穿ち過ぎだろうか。 われわれ主権者としては、宮中祭祀が憲法の政教分離に違反しているのではないか、国税を費やして行うに値するものなのかという点こそ問題の本質と考えねばならない。マスメディアののぞき見趣味的な報道では見えない、皇室の「宗教性」を問題とする視覚が今後必要だろう。
by mahounofuefuki
| 2008-02-29 13:04
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