「あたご」航海長無断聴取は文民統制の逸脱だ

 いわゆる「フツーの人々」と軍事関係の話をしていると、「現場の自衛官」は「国のために一生懸命働いている」が、「背広の官僚」は「汗を流さず」甘い汁を吸っているという憤りに出会うことが多い。守屋武昌前事務次官の汚職容疑に端を発した防衛利権を巡る疑惑の影響もあるだろうが、デスクワークへの不信と表裏一体の「現場」信仰のようなものが、この国の社会には根強くあるような気がする。何となく(というのが実は曲者だが)「計算高そうな背広」より「純朴な制服」の方が信用できるという根拠のない信仰である。

 実際は戦前の日本軍の制服軍人たちが「統帥権の独立」を盾に「暴走」したのは周知の通りだし、先の大戦中に戦局が日本軍に不利となると、一般向けには虚偽の戦果を捏造して発表したりした。いわゆる「大本営発表」という言葉が誇大な虚偽言説を指すようになった所以である。「現場」の「制服組」ほど「国防を担っている」という自負が強く、それは容易に特権意識に転化し、「国を守るという崇高な仕事をしているのだから、何をやっても許される」という自己肥大化妄想に囚われやすかったのだ。
 戦後「再軍備」の過程では「文民統制」が最も重要な課題の1つであった。制服自衛官だけでは防衛庁長官には面会できない(必ず文民官僚が同席する)という慣行も戦前の反省から生まれた。大衆の素朴な信仰とは裏腹に現実の政治力学においては、「制服組」を野放しにはしないという意思は戦後長らく保守政権でさえも保持していた。

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」が海上衝突予防法に違反して衝突回避義務を怠り、マグロ延縄漁船を文字通り「蹴散らした」事件で、防衛省の虚偽発表が次々と明らかになっている。
 特に事件当日、わざわざヘリコプターを差し向けてまでして「あたご」の航海長を東京の防衛省に呼び寄せ、防衛省首脳が事情聴取を行っていたことは重大な問題である。誰がどう見ても事件の真相を隠ぺいするために、海上保安部の聴取より前に「口裏合わせ」を密談していたとしか考えられない。

 しかも、「あたご」航海長の召喚と事情聴取を、海上幕僚監部は海保どころか防衛大臣の了承を得ずに行っていたというのは、文民統制上あまりにも危険である。イージス艦という最重要のセクションの、それも航海長という要職者の所在の変更を大臣の了承がなくとも行えるのである。これでは極端な話、大臣の知らない所で幕僚が任意に兵力を動かして反乱を企てることすら可能になる。
 海幕が大臣に了承を得ずに「あたご」航海長を呼んだことに加え、石破氏がそれを咎めるどころか自ら航海長との会談を望み、大臣室で事情報告を受けたことも問題だ。石破氏は国会で「(海幕に)呼べという指示は出していないが、呼ぶこと自体は不適切だと思わない」と答弁した(毎日新聞2008/02/28 22:16)。大臣(及び内局)が自ら「制服の暴走」を容認し、捜査妨害と隠蔽工作に加担したのだ。もはや国務大臣としての資質を疑わせる。

 事件から今日までの防衛省・自衛隊の発表はまるで「大本営発表」のようにウソだらけだった。そしてそれは現在も進行中である。福田首相は一連の失態を文民統制の危機と捉えねばならない。首相がまともな感覚の持ち主ならば、すみやかに石破防衛大臣を罷免し、後任の大臣には事務次官、統合幕僚長、海上幕僚長以下、今回の航海長召喚に関係した高官と幕僚すべてを更迭するよう命じるべきである。この国の「軍部」の体質は戦前から何も変わっていない。そんな連中にイージス艦のような「危険なおもちゃ」を持たせるのは言語道断だ。

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by mahounofuefuki | 2008-02-28 23:25


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