「国民」を守れなかった日本政府の責任に口を閉ざす不思議

 沖縄のアメリカ海兵隊所属の下士官が女子中学生を暴行した事件。
 どんな事件であっても警察発表を鵜呑みにせず、初発の報道を疑うのが私の習わしなので、事件の内容について語ることはない。特に強姦罪が適用されている事件ということを考えると、メディアが大々的に報道したり、不特定多数の人々が政治的思惑や好奇心から事件に触れること自体が、被害者へのセカンドレイプなのではないかという思いが私にはあり、口が重くならざるをえない(またしても右翼メディアやシニシズム的大衆による誹謗中傷が始まっているようだし)。

 今回の件で私が気になるのは、日本政府の対応である。
 事件翌日の2月11日、まず外務省北米局長がアメリカ大使館次席公使に電話で抗議を行っている。ドノバン次席公使は「米側としても事態を深刻にとらえており、日本側の捜査に全面的に協力していく」と述べたという。また外務省の沖縄担当大使も海兵隊司令官にやはり電話で再発防止と綱紀粛正を要請し、ジルマー司令官は「綱紀粛正を徹底させたい」と述べたという(時事通信2008/02/11 16:44、朝日新聞2008/02/11 15:12)。さらに防衛省地方協力局長も、在日米軍司令官に同様の申し入れを行ったという(毎日新聞2008/02/12 12:15)。

 閣僚も相次いで今回の事件について「遺憾」の意を発言する。まず11日には岸田文雄沖縄担当大臣が「強い憤りを感じている」「(日米地位協定の見直しについて)まずは綱紀粛正、再発防止の議論をした上で、対応が必要なのかどうか考えなければいけない」と記者団に述べた(朝日2008/02/11 18:06)。岸田氏は翌日も記者会見で、地位協定について「地元の意見をしっかり聞いた上で、運用改善の問題についても考えていきたい」と語った(時事2008/02/12 11:46)。
 翌12日になると次々と閣僚が発言をする。閣議後の閣僚懇談会では福田康夫首相が「過去にも同種の事案があった。大変大きな問題で、しっかりと対応しなければいけない」と閣僚らに指示したという。首相はその後の衆院予算委員会でも「政府としても米側としっかりと交渉していく。事実関係の究明、再発防止のために、できるだけのことをしていく」と述べた(朝日2008/02/12 11:49)。

 閣議後の記者会見では、町村信孝内閣官房長官が「極めて遺憾な事案と言わざるを得ない。法と証拠に基づき適切に処理する」(時事2008/02/12 11:13)、泉信也国家公安委員長が、「沖縄県警で米側の協力を得ながら、法と証拠に基づき捜査を進めている。類似事案は過去にも起きており、外務省などで米軍側に外交上の申し入れをしているが、厳重な対応をしてほしい」(時事2008/02/12 10:19)、石破茂防衛大臣が「日米同盟の根幹にかかわる」(時事2008/02/12 11:46)、渡辺喜美金融・行革担当大臣が「沖縄の皆さんの心を逆なでするような事件で許しがたい」、冬柴鉄三国土交通大臣が「こういう事件は日米関係に大きな影響がある。関係者は肝に銘じてほしい」などと述べた(毎日、前掲)。

 日米関係を所管する高村正彦外務大臣は、日米関係への影響について「県民感情の問題。影響がないことはあり得ない」「綱紀粛正や再発防止により、日米関係への悪い影響を少なく収められるかどうかだ」(毎日、前掲)と述べる一方、地位協定の見直しについては「今回のことと地位協定は直接の関係はない」と否定した(時事 2008/02/12 11:46)。
 一方、外務省の薮中三十二事務次官は、アメリカの臨時代理大使を呼び、「綱紀粛正を再三求めてきたのにも米兵が逮捕されたことは極めて遺憾だ」と強く抗議した。アメリカ側は捜査の全面協力を約束、在日米軍副司令官は「米軍は性的暴力を一切許容しない」と述べたという(共同通信2008/02/12 19:52)。

 こうして並べてみると、何となく日本政府の方向性が見えてくる。
 まず、事件への「怒り」を沖縄と共有しているという姿勢をアピールしていること。これは1995年に、女子小学生暴行事件を機に沖縄で空前の反基地運動が起こったことを念頭に置いて、「反米」が「反政府」に転化するのを防ごうとする意図がある。福田首相らが「過去の類似の事案」に言及したのも、「過去」の苦い記憶を気にしている証である。昨年の教科書検定問題で改めて沖縄の人々の連帯と行動力を思い知ったことも考慮しただろう。沖縄担当大臣に地位協定の見直しに言及させるリップサービスまでやらせている(しかし外務大臣が否定するのも忘れない)。

 次に、事件をあくまでも日米同盟の強化にとって「水を差すものだ」という考え方を前提にしていること。実際は「日米安保体制のせいで事件は起きた」のに、日本政府は「事件が日米安保体制を損なう」という倒錯した論理を用い、アメリカ軍が駐留する体制そのものへの批判が生じるのを避けようとしている。特に米軍再編への影響を恐れているのは、高村外務大臣の発言に顕著で、何とかうまく収まって欲しいという意図が丸見えである。

 そして何よりも問題なのは、事件を起こしたアメリカ軍を批判はするが、「自国民を守れなかった国家責任」については全く触れていないことである。国家が「国民を守る責務」を負っているのならば、駐留軍隊の獰猛な軍人からいたいけな少女を守れなかったのは、国家の名誉にかかわる問題である。それにもかかわらず誰もそのことを問題にしないのは、現行の国家側には「国民」を守る意思などさらさらないことを図らずも示したといえよう。
 首相や防衛大臣の口から、たとえでまかせでも「政府が国民の安全を維持できなかったことは誠に遺憾である」くらいの発言もできないのは、日米安保体制が「日本を守る」という建前とは裏腹に、実際は日本の住民の安全を脅かしていることを認めたくないからである。

 岩国の艦載機移転問題もそうだったが、現在の日米間の安全保障問題の矛盾は、実際に在日米軍が駐留する地域で噴出している。問題はそれらがいずれも個々の地域の特殊な問題として扱われ、全国的な問題に発展しないことである。「地域問題」を「全国の問題」に変えられるかどうかが、日米安保体制の矛盾を是正するための鍵となるだろう。
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by mahounofuefuki | 2008-02-12 22:37


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