詩情あふれる文章を書ける人が羨ましい

 私は子どものころから詩情の欠けた人間で、「国語」の授業でも詩とか短歌とかは苦手だった。
 今も自分の思いを表出させる文才がなく、当ブログでも無味乾燥な分析調になってしまっているのは見ての通りである。だからこそ詩情を表現できる人が羨ましい。
 そんな羨望を感じた先輩ブログの記事を、最近立て続けに読んだ。

 dr.stoneflyの戯れ言:「ほんとのことだけ綴りたい」・・・たかが戯れ言だからこそ
 私がブログをやっていて最近感じる「違和感」を言いつくしてくれている。「政治のための運動なんてしたくない。運動のための運動なんてしたくない。ほんとのことだけ希求したい」という叫びに私は心から共感する。こういう人がいる限り、私は辛うじてこの国に生きる希望を見出せる。

 そいつは帽子だ:アカ、ダメ、イヤの茶色の朝に
 トラックバックいただいた記事だが、その説得力にシビれた。本当の知性を感じた。同じことを私が書いたら、ただ憎悪と悪意をばらまくだけで敵を増やすだけだろう(大阪府知事選挙の時のように)。「“日本人”としての誇り」ではなく「“人間”としての誇り」に自信をもっていなければ決してこういう文章は書けない。

 その場限りでない、長く心に響く文章。ネットの言説もまだ捨てたもんじゃない。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-02-09 15:56


<< 「協同労働の協同組合」法制化の動き 民主党は「構造改革」を継承する気か >>