「非正社員が正社員になりたかったら、正社員の解雇自由化に賛成しろ」という悪魔の囁き

 「ニュースを読む」と銘打ったブログを書いている以上、できるだけいろいろなニュースソースを把握しておきたいのだが、実際は私ほどアンテナの狭いブログ書きはいないのでは?と自問してしまうほど、ネット上の巡回先が少ない。特に財界べったりのビジネス系のニュースサイトなんかは読むのが苦痛でしかなく、普段は無理して読まないのだが、今日たまたま読んだら、やはりというか何というか、血圧が上がりそうなとんでもない記事を見つけてしまった。
 正社員のクビを切りやすくする改革は受け入れられるか|辻広雅文 プリズム+one|ダイヤモンド・オンライン
 筆者の辻広雅文氏はダイヤモンド社の論説委員で、「週刊ダイヤモンド」の元編集長である(以下、引用文の太字強調は引用者による)。

 書き始めは穏当である。最近の株価下落は外国人投資家が「改革」の「後退」に「失望」したからだという新自由主義勢力の説に疑問を呈し、外資が「評価し、株を買いたくなるような改革が果たして日本の国民にとっていい改革かどうかも怪しい」という指摘はもっともである。外資が「イベントやサクセスストーリーを欲しがっているだけ」とまで言っている。
 それを踏まえて辻広氏は、「最優先で取り組むべき改革」は「財政問題」でも「社会保障問題」でもなく「労働市場改革」であり、「正社員と非正社員の処遇格差問題の解決」だと主張する。社会保障と切り離した労働政策があり得るのかという疑問はさておき、正規・非正規雇用間の待遇差別は今日の「貧困と格差」の決定的要因であり、その「解決」が重要であるというのは首肯できる。

 「その格差問題のなかで最も深刻なのは、正社員と非正社員の処遇格差であろう。同じ仕事をしているにも関わらず、片方にしか昇給昇進の道は開かれていない」「彼らは好きこのんで非正社員を選んだのではない。とりわけ、1990年代半ばから10年ほどの間に出た若者にとって就職氷河期が続いた。それは明らかに政府のマクロ経済政策の失敗で、彼らの責任ではない」「こうした状況を放置すれば、ワーキングプアたちの生活の荒廃から社会の劣化が進むだろう」というくだりは、我々「氷河期世代」には涙が出るほど真っ当な現状認識である。
 上の世代からも下の世代からも「努力が足りない」「能力がない」「甘えている」と罵倒され続けている中で、はっきりと「政府のマクロ経済政策の失敗」のせいであると言ってくれるのは本当に心強い。

 ところがである。この男が「氷河期世代」の非正規労働者に優しい言葉をかけたのには別の思惑があることが次第に明らかになる。

 彼は語る。「では、どうすればいいか。現在雇用している正社員を抱えたままで、非正社員の正社員化を進められるほど体力のある企業はまれである。経営者に非正社員の社員化の実行を促す仕組み、つまり正社員と非正社員を入れ替えることができる仕組みが必要だろう。要は、正社員を整理解雇できるようにするのである」と。要するに正規・非正規雇用間の不均等待遇を均等にするためには、非正社員の待遇を正社員並みに引き上げるのではなく、正社員と非正社員が入れ替わるような雇用の流動性が必要だと言うのである。
 以前、和田中学校の夜間補習の件の時にも指摘したが、この国では「平等」の定義について「横並び」派(すべての人々が等しい)と「機会均等」派(誰もが上昇の機会がある)の間にコンセンサスがない。辻広氏は明らかに後者で、非正社員が正社員になる機会を作るためには、正社員を自由に解雇できる制度が望ましいと主張するのである。
 言うまでもなく現行の労働法制や労働関係の判例では正当な理由がない限り解雇はできない(ことになっている)。故に彼は「労働法制の大転換」を唱える。ここで真実ははっきりする。正規・非正規雇用間の差別解消はあくまでも「解雇の自由化」の口実にすぎないのだ。

 「虐げられた人びと、ワーキングプアたちを救えという声は多く聞こえるが、正社員の雇用に手をつけるという視点は、世の中のどこにもない。それは、メディアを含めて影響力のある人びとの多くが正社員という既得権益者であるからだ」という本人も正社員じゃないの?という予想されるツッコミに対しては、「自分自身が抵抗勢力である」と言うだけ。そう言いつつ彼は最後まで終身雇用に守られ、そこそこの退職金をもらい厚生年金+α(どうせ資産運用しているだろう)で生活できる老後を迎えるのだろう。
 労働法制の解体を唱えるようなエリートは不思議と想像力に欠けていて、自分が実際に非正規雇用になって、昇給もボーナスもなく、場合によっては社会保険も厚生年金もない状態を考えはしない。あるいは考えても「実力」に自信があるためか軽視したがる。ましてや「ワーキングプア」やホームレスに自分がなる可能性など絶対に考えたことがない。考えたことがあれば、こんな暴論を唱えるはずがないからだ。

 辻広氏の記事の目的は明瞭だ。正社員を「既得権益」と称すことで、正社員と非正社員を分断し、非正社員が「正社員の解雇の自由化」に賛成するよう仕向けることである。これは「正社員を自由に解雇できるようになれば、あなたたちが正社員になれるチャンスが広がりますよ」という悪魔の囁きだ。今まで自分を見下していた正社員が没落する様を思い描いてカタルシスを得る者もいるだろう。
 しかし、それは問題のすり替えである。「正社員の既得権益」は本来「権益」ではなく「労働者の当たり前の権利」である。正社員に昇給やボーナスや社会保険があるのがおかしいのではなく、非正社員にそれらがないことがおかしいのである。それを修正するには正社員の待遇を引き下げるのではなく、非正社員の待遇を引き上げるほかない。
 非正社員が叫ぶべきは「既得権益を解体しろ」ではなく、「既得権益をおれにもよこせ」である。単に「上」と「下」が入れ替わるだけでは、差別そのものは存続する。「正社員の解雇の自由化」は「貧困と格差」の解消どころか、「全労働者の奴隷化」さえ招くだろう

 だいたい正社員と言っても、現在ほとんどが成果主義による競争と過労で苦しんでいる。大企業と中小企業の格差や地域間格差も深刻だ。「既得権益」と言えるほど正社員が恵まれた状況にあるわけではない。最近は「ワーキングプア」化した「周辺的正社員」がクローズアップされているほどだ。
 正規・非正規雇用間には確かに矛盾はある。しかし、その解決は正規雇用の解体ではなく、非正規雇用の「正規」化と非人間的な労働環境の是正によってしかもたらされない。財界や御用メディアが目論む労働法制の解体は矛盾を拡大するだけだ。「本当の敵」を決して見誤ってはならない。
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by mahounofuefuki | 2008-02-05 22:29


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