「伊藤一門」問題について

 インターネットの怖いところは一度書いたものはずっと残ることで、書いた本人が忘れていることも知らないところで批判の俎上に上がっていたりする。知らないところでやられた場合、こちらは批判されていることにも気づかないので、当然反論する機会もなく、全く為す術がない。当ブログはコメントをとっていないので、それは覚悟の上なのだが、さすがによそのブログのコメント欄で書いたことまで批判の対象になるとは思ってもみなかった。今回はたまたま気づいてしまったので弁解を試みる(ほとんどの読者は何のことかわからないと思うが気にしないでください)。

 私が沖縄県民大会の直後にブログで教科書調査官を批判した時、伊藤隆氏の門下の研究者群を一括して「伊藤一門」と称したために、まるで「伊藤一門」=歴史修正主義者と誤読する人が多かったのがそもそもの問題であった。私の記事のコピペを回した人が「教科書調査官は皇国史観の持ち主」という誤った解釈を付したことが拍車をかけた(ただし過去の教科書調査官には本当に平泉門下の皇国史観の持ち主がいたのは以前ブログで書いた通り)。
 照沼氏のことは知らないが、村瀬氏の論文や著書は過去に読んだことがあって、1人の研究者としてはあくまで実証主義の立場をとる歴史家であることは知っていた。私の基本スタンスは、問題の所在は実証主義を捨て去ってまでも右翼政治運動に傾く伊藤隆氏その人にあり、「一門」は実証史家の立場を維持していても、伊藤氏に「逆らえない」ないしは影響を脱せない構造だという点にある。
 もちろん当の伊藤氏は最近「ゼミにいたからといって、思想的な締め付けがあるわけでない」と主張しているし(朝日新聞2008/01/17朝刊「あしたを考える」)、伊藤氏の孫弟子にあたる研究者からも直接同様の批判を私は受けた。それはその通りだろう。しかし、教科書検定で争点となっている日本軍の戦争犯罪に関して、伊藤門下の多くがあいまいな態度をとっているのは事実で、それは実際問題として師との衝突を恐れているとしか私には見えないのである。
 戦争犯罪の研究がやりにくい状況を左右両翼の「政治運動」のせいにするのは本末転倒で、もっと多くの職業歴史家がきちんと研究していれば、左翼も右翼も出る幕などないのである。だいたいさも「政治」とは関係ありませんという脱「政治」姿勢は、まるで政治的立場から完全自由な研究が存在することを前提にしているが、戦争犯罪の研究が「研究ではなく運動だ」という姿勢そのものが一定の政治性を帯びていることにあまりにも無自覚である。ちなみに誤解している人もいるようだが私はその種の「運動」とは全く関係がない。
 検定審も含めて伊藤門下であるというだけで批判するのは「魔女狩り」だというのは一理あって、実際沖縄の新聞が広瀬氏や有馬氏を「つくる会」関係者と書いた時は「それは違う」と思ったのは確かである。しかし、彼らが伊藤氏の暴走を座視しているのも事実で、「つくる会」(あるいは「教科書改善の会」)のような反歴史学的立場への態度を明確にしないのも伊藤氏への遠慮が働いているとしか考えられないのである。
 私自身は学生時代に明治の政治史を勉強した時、佐々木隆氏や坂本一登氏の研究にはずいぶん影響を受けたし、最近も古川隆久氏の著書に感銘を受けたくらいで、「伊藤門下」という色眼鏡で研究業績の善し悪しを判断するようなことは一切していない。結果として「伊藤門下」=「つくる会」という印象を広めたことに加担したことは否定しないが、私自身はこれまでそのように明言したことはない。ただし実際に教科書検定における政治介入に関与したり、無抵抗だった以上、その点に関しては「伊藤一門」への批判は今も変わらない。

【関連リンク】
大物近代史家総合スレpart2-2ちゃんねる
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by mahounofuefuki | 2008-01-29 22:29


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