「ひきこもりセーフティネット」は「引きこもり予備軍」への「監視活動」か

 この国の労働政策や教育政策の特徴として、何か問題があると、現在進行形で問題をかかえる人々を放置し、専ら次の世代を対象とした「対策」に集中してしまうということがある。
 たとえば「学力低下」問題。最近、中央教育審議会は「ゆとり教育」を見直し授業時間を増加する答申を行ったが、これから学齢期を迎える子どもはそれでいいとして、十分な学力を得られないまますでに社会に放たれた人々はどうなるのか。「ゆとり教育」は失敗でしたと断じた以上、その失敗した政策のもとで「生産」された「学力の低い」大人に対して、何一つケアがないというのはあまりにも無責任ではないか。
 雇用問題でも我々「氷河期世代」へは今も何ら実効的な措置が行われていない。学卒期にたまたま就職難であったために、非正規雇用でスタートした人々はずっと社会の底辺で淀み続けることを余儀なくされている。ところが労働政策は専らこれから就職する若者への対策ばかりで、「氷河期世代」は放置されたままだ。安倍政権は偽善的とはいえ、まだ「再チャレンジ」を唱えて、問題の所在だけは認識していたが、福田政権になってからはそれすらなくなった。

 毎日新聞(2008/01/19 12:26)によれば、東京都は来年度から「引きこもり」とその保護者を支援する「ひきこもりセーフティネット」事業を始めるという。「予防に特化した支援」ということで、ここでも現在「ひきこもり」を余儀なくされている人々への自立・社会復帰支援はなく、専ら「将来ひきこもりになりそうな」若者への「支援」である。
 しかもその「支援」内容はとても「支援」とは言えないような危険な代物なのである。以下、同記事より。
(前略) 都は区市町村に教育・福祉や、NPO(非営利組織)のスタッフらで構成する連絡協議会を設置。中学や高校から、退学したり不登校の生徒に関する情報提供を受け、支援が必要なケースでは積極的に保護者への相談に乗り出したり本人に訪問面談する。地域の特性も加えた独自の対策案を各自治体から募り、効果が高いと判断した3カ所をモデル事業に指定する。
 また、引きこもり予防のため、家族を支援する「対策マニュアル」も初めて作成する。保健所、NPO、都立校など約720機関と約50人の経験者を対象にした07年度のアンケートや面談による調査結果を活用し、予防に役立てる。都は08年度予算に「若年者自立支援経費」として2億円を計上する。(後略)
 つまり中途退学者や不登校の子どもを「引きこもり予備軍」とみなして、彼らの所在に関する情報収集を行い、「積極的に」彼らを訪問するというのである。これは「支援」というより、むしろ「引きこもり予備軍」に対する「監視」と言うべきである。

 そもそも東京都の発想は根本から間違っている。「引きこもり」=「中途退学者」「不登校」という前提が偏見と思い込みにすぎない。実際の「引きこもり」は年齢も学歴も多様で、その原因も一様ではない。ただはっきりしているのは日本社会での「生きにくさ」を感じていることで、それは人間性をはく奪するような弱肉強食化した社会構造に起因する。その大前提を無視して、まるで「引きこもり」を「犯罪者」扱いして、監視対象とするのはまったく賛成できない。
 「引きこもり」支援に従事するNPOとの連携を重視しているようだが、NPOといってもピンからキリまである。「引きこもり」を「落後者」「できそこない」と烙印を押して、ただ厳しく鍛えればいい、というような乱暴な軍隊式の方法を好む団体もある。しかも、東京都のトップである石原慎太郎知事がまさにそういう考えの持ち主であり、この「ひきこもりセーフティネット」を社会政策ではなく、治安政策という位置づけを与えるのではないかと危惧せざるをえない。

 「未来の問題」の「予防」ばかりに気をとられ、「現在の問題」の「解決」を軽視する風潮は座視しがたい。特に「引きこもり」問題の場合、むしろ人間らしい働き方を許さない労働環境や、競争と選別を中心とする教育環境にこそ切り込まない限り、決して解決への道筋はつけられないであろう。それが結果として「予防」にもつながると思うのだが。
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by mahounofuefuki | 2008-01-20 11:35


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