「左」になるハードルと「左」の活路

 前回の記事(「野党共闘」の終焉と「護憲の大連立」構想)で関西学院大学教授の豊下楢彦氏による「左派の受け皿」としての「護憲の大連立」構想を紹介したわけだが、それには共産・社民両党の「過去のしがらみ」による実現可能性の低さ以外に重大な弱点があると指摘した。
 その弱点とは「左翼」とか「左派」とか言う時の「左」のハードルが高いために、広義の「福祉国家と平和主義」を支持するだけでは「左」にはなれず、仮に「護憲の大連立」が実現しても、現在の「左」がそのまま結集しただけでは、結局は既成の「左」の人々の外部に支持が広がる見込みが少なくとも短期的にはほとんどないことである。
 
 かつて社会学者の宮台真司氏が注意していたことだが、西欧の場合、左右の決定的対立軸は「国家による再分配」を認めるかどうかだが、日本の場合は安全保障問題や歴史認識やその他もろもろも課題において国家内に大きな亀裂があり、単純に経済の在り方だけが左右の分岐点ではない。現在の日本の典型的「左翼」は、所得再分配を支持し、日米安保体制を否定し、アジア諸国との協調を求め、原子力発電の縮小・廃棄を唱え、死刑制度に反対し、過去の侵略戦争を反省する。つまりこれだけの要素を満たさなければ「左」にはなれないのである。一般の大衆にはこのハードルはあまりにも高い。
 特に最近は若い世代を中心に、あまりにも理不尽な労働条件や非正規雇用の増大による将来への不安から、巨大企業の搾取や競争万能主義への不満が確実に高まっている。仮に所得再分配による福祉国家の実現に公約を絞れば、そうした不満を抱えた層をかなり取り込めるはずだ。しかし、この層は同時に外国人労働者との賃下げ競争から排外主義に流れやすかったり、日頃の鬱憤を「公認の敵」=「凶悪犯罪者」に向けて死刑積極論に与したり、弱肉強食の厳しい現実の中で生きているために「対米恐怖症」を指向したりしやすい。そこへ「左」の側が主張を押し付ければ、たちまち「左」へのアレルギーが生じて、「うざいサヨク」を嫌う「左を忌避するポピュリズム」へ取り込まれていく。
 かつて労働運動が衰退したのは、まさに労働条件の闘争に特化できす、特定政党の政治主義と一体化したためだし、現在貧困や格差に苦しむ人々を本当の意味で支える地域ユニオンや非営利法人などが、外交問題や歴史問題などを敬遠しているのも過去の失敗に学んでいるからと思われる。

 要するに「左」に求められているのは、政策の優先順位の策定と、有権者に全政策の支持を要求しない姿勢である。たとえば選挙の時の共産党のパンフレットなんかを読むと、党綱領に従った政策がずらずらと並んでいることがあるが、「千島列島全島の返還」なんてものまであると、かなりの人々が引いてしまう。私は共産党にしろ、社民党にしろ、党の個性や基本政策を変える必要を認めないが、表に出す公約の絞り込みと集約化は何としても必要である。
 そして個別の課題で議会外の運動といかに連携できるかが勝負どころであり、最近では被災者支援法薬害肝炎救済法の制定はそうした個別の連携が成功した例と言えよう。現実問題として、解散権を握る自公政権が衆議院の「3分の2」を手放したくないばかりに解散を極限まで遅らせようとしている以上、間接民主主義における「政権交代」や「政界再編」や「大連立」に固執せず、実現可能なことから直接民主主義的手法で実績を積み重ねていくほかに活路はない。その場合、政党側が主導権にこだわってはならないことは言うまでもない。

 私がこうした考えに至ったのは、当ブログのアクセス解析を通して、労働問題の記事と教科書問題の記事とでは読者層がかなり異なることに気づいたからだが、他方でそういう私自身は、たとえば「集団自決は強制でない」とか「あいつを死刑にしろ」とか言うような輩を「同胞」や「同志」と認めることは決してできない。
 つまり前述した主張と、私の基本的姿勢は決定的に矛盾があるのだが、それでもそういう輩が「過労死は許せん」と考えて共産党に投票できるような状況が生まれることが望ましいと考えてもいる。当ブログの趣旨は私がニュースを読んで考えたことをまとめることにあって、いわゆる「政治ブログ」でもブログで政治活動をやっているわけでもないので、この矛盾を無理に解消する意思はない。以降の問題解決は職業政治家の仕事であり、私の手には余ることである。
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by mahounofuefuki | 2008-01-14 16:20


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