日本・中国両政府の合意によって設立された「日中歴史共同研究」の第3回会合が1月5~6日に北京で開かれ、今年7月までに東京で開催する最終会合で研究成果をまとめた報告書を作成することが決まったという(毎日新聞 2008/01/06 19:39、時事通信2008/01/06 18:16など)。
この「日中歴史共同研究」は2006年10月の日中首脳会談で立ち上げが決まったものだが、この会談は小泉純一郎元首相の靖国神社参拝強行で冷却化した日中関係打開のために、安倍晋三前首相が就任直後に中国を訪問して実現したもので、その経過からも非常に政治的なプロジェクトである。歴史認識をめぐっては日本対中国という国家間の対立よりも、両国の国内における対立の方が深刻であり、そうした実態を軽視して国家間の外交レベルの問題にすり替えるのはいただけない。しかも、2002年に始まり現在も続く「日韓歴史共同研究委員会」と同様、委員の人選が偏向しており、政府にははじめから合意する意思がないのではないかという疑念が拭えないのである。 「日中歴史共同研究」では両国の各10人の専門家が委員となっているが、近現代史分科会には文学部系統の歴史学専攻研究者が1人もいない。東京大学教授の北岡伸一氏は近代政治外交史の第一人者で『日本陸軍と大陸政策』という名著があるが、近年は自民党タカ派のブレーンであり、国連次席大使も務めるなど、非常に政治的な人物である。筑波大学副学長の波多野澄雄氏はアジア・太平洋戦争期の外交史の研究者だが、昨年の当ブログで指摘したように、教科用図書検定調査審議会の委員で、沖縄戦の「集団自決」に関して文部科学省の言いなりになった人である。大阪大学教授の坂元一哉氏は戦後の日米関係史の研究者だが、安倍晋三が集団的自衛権行使のお墨付きをもらうために作った諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」のメンバーで、日米同盟を讃美する論調を繰り返している親米タカ派である。 あとの2人、慶応義塾大学教授の小島朋之氏と防衛省防衛研究所戦史部第1戦史研究室長の庄司潤一郎氏については、私はその著書・論文とも読んだことがないので明言はできないが、小島氏はプロフィールを見る限りでは現代中国政治の研究者で、どうも歴史学者ではないようで、庄司氏は防衛研に勤務しているものの、業績の書題から判断すると戦史というよりも国際関係史の研究者のようである。 外務省発表の第2回会合の合意内容によれば、近現代史分科会が扱う時期は1840年のアヘン戦争から現在にいたる長期にわたり、「日中における歴史認識、歴史教育等について」というテーマも設定されている。しかし、この委員では現代外交史に専攻が偏っており、たとえば日清戦争や日露戦争などの専門家がいないし、ましてや歴史教育論の研究業績など全くない。共同通信(2008/01/06 17:15)によれば、南京大虐殺についても議論したようだが、このメンバーはいずれも南京事件研究の素人で、まともな議論ができたとはとうてい考えられない。主要テーマごとに専攻の研究者を選ぶ方法を採らず、政府の息のかかった学者ばかり選ぶからそういうことになったのである(ただしいわゆる歴史修正主義者=歴史偽造趣味者は除いている)。 ちなみに、北東アジアにおける歴史認識の溝を埋めて、一国史を超えた歴史叙述を形にする試みは民間の方がはるかに先行している。 特に有志の歴史学者や歴史教育者による日中韓3国共通歴史教材委員会が3年間の討議と研究を経て2005年に完成させた『未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』(高文研)は、版を重ねて副教材として教育現場でも使われている。この時も特に日中間では記述を巡って衝突があり、何度も修正を重ねて相互が歩み寄って完成にこぎつけた。 また、日韓両国間では東京学芸大学とソウル市立大学の研究者が中心となって『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』(明石書店)が刊行されている。これは10年がかりで完成させたもので、先史時代から始まる通史である。 いずれも教材用なので、政府間のプロジェクトと同列には論じることができないが、はじめから時には国家支配層の利害のために史実を隠蔽することも厭わない国家主義者だけを送って、「両論併記」で終わらせることを目論む政府の不誠実な姿勢と比較するとき、国家の壁を越えて歴史認識の共有化を図る試みはやはり評価せねばなるまい。 とりあえず今年夏にできるという「日中歴史共同研究」の報告書を期待しないで待つことにしよう。 【関連リンク】 外務省:日中歴史共同研究(概要) 外務省:日中歴史共同研究第2回会合(概要) 財団法人 日韓文化交流基金 日韓歴史共同研究委員会 日韓歴史共通教材【明石書店】 第2版 未来を開く歴史-高文研 日本での反応は?日中韓共同編集『未来をひらく歴史』完成-JANJAN
by mahounofuefuki
| 2008-01-06 23:33
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