年頭所感を読む

 新年あけましておめでとうございます
 我々を取り巻くひどい社会状況を考えると、全然おめでたくないというのが本音ではありますが、本年もよろしくお願いします。


 さて、元日は各界の年頭所感が発表されるのが恒例である。たいていは形式的な建前上のあいさつだが、それだけに品格が問われるところであるし、その人物や団体の志向性が読み取れる好材料でもある。

 まずは何を措いても読まねばならないのは内閣総理大臣の年頭所感であろう。
 年頭所感-首相官邸
 福田康夫首相の所感はその現状認識の甘さにあきれる。「日本は、目覚ましい戦後復興を成し遂げ、高度経済成長を経て、世界にも誇る経済大国へと発展しました。経済発展とともに、医療の充実や国民皆保険・皆年金などを目指して安定した社会を作りあげた結果、今や、平均寿命世界一の長寿国となっています」と言うが、この国のどこが「国民皆保険・皆年金」なのか。国民健康保険料を支払えず、保険証を取り上げられる人々が続出し、治療費の滞納が蔓延する現状をどう説明するのか。中曾根政権が国保の国費負担を減額して以来、自民党政権はすでに国民皆保険の放棄を指向しているのである。国民年金も未納率はすでに4割近くに達する。そのほとんどが低所得者であり、未納期間が長いほど受給額は減るから貧しいものほど社会保障が受けられないという「逆転現象」が起きている。首相の発言はこうした現状を無視した暴言とさえ言える。
 福田氏は先月公表した社会保障に関する「国民会議」にも言及しているが、「これまで日本がとってきた社会保障制度、すなわち中福祉中負担のままでよいのか、スウェーデンのような高福祉高負担の方向が望ましいのかなど、広い視野から議論し、多くの国民が納得する制度を考えていただきたい」という発言も、単に消費税の社会保障目的税化と引き上げの口実にしか思えない。毎年2200億円ずつ社会保障費を削減している現在の予算編成はどうなのか。スウェーデンは高負担だが、同時に税制を通した所得再分配を行っている。所得の平等化を目指さずに「高福祉高負担」と言ってもリアリティはない。今のままでは社会保障削減の「骨太の方針」を継続しながら、消費税だけは引き上げ、現在社会保障に使っている消費税以外の財源を金持ちと大企業の減税に使い、結局「低福祉高負担」になるのではないか。

 福田以上に最悪なのは日本経団連の年頭所感である。
 日本経団連:成長創造~躍動の10年へ~
 「いま国民が感じている閉塞感は、成長が足踏みしていることによる面も大きく、いわゆる格差問題への対応も、全体の規模拡大がなければ限られたパイの奪い合いに陥りかねない」と言うが、経済が成長していようが、停滞していようが、資本主義経済は基本的にパイの奪い合いである。パイがいくら大きくなっても欲望に際限がない人間はどこまでも自分の取り分を増やそうとする。パイが大きくなっても公平な分配機能がなければますます格差は拡大し閉塞感は高まるだろう。
 「10年以内に世界最高の所得水準を達成」することを目標に上げているが、日本の所得水準はすでに世界最高水準にある。これ以上引き上げて、ますます途上国を貧困にするのか。1人あたりの所得が少ないのは、労働者への分配率が低いからで、それは日本経団連をはじめ財界が進めた新自由主義政策の結果である。いいかげん経済成長ですべて解決という「神話」の誤りに気づいて欲しい。

 ちなみに経済同友会も年頭所感で相変わらず競争万能を謳っている。
 魅力ある日本の再構築に向けて:経済同友会
 「国の責務は、最低限のナショナル・ミニマムの保障によるセイフティネットの提供と再挑戦を可能にする制度整備などに限定し、小さくて効率的な、信頼される政府の構築を目指すべきである」と未だに小泉政権の「構造改革」路線を主張しているが、それがとっくに破たんしていることがわからないのか。人口当たりの公務員数がすでに世界最低レベルなのに、これ以上「小さな政府」にしたら社会は崩壊する。最低限のセーフティネットすら破壊したのはどこの誰だったか。バカバカしくて話にならない。

 財界とは対極にあるはずの労組も頼りない。連合の高木剛会長の年頭所感を読むと、もう連合は再生不能なのではないかとさえ思ってしまう。
 日本労働組合総連合会(連合)ホームページ
 「歪みの根底に非正規雇用労働者問題があると指摘し、運動の柱に据えてきました」という言葉が空虚だ。連合は具体的に何か非正規労働者のための実効的な活動をしたのか。昨年、非正規労働者の権利確立のために目立った闘いを敢行していたのは、各地の地域ユニオンや派遣企業のユニオンだった。連合はカネを出すなりヒトを出すなりしたのか。非正社員の多くが正社員からの差別と侮辱に苦しんでいる現状を無視している限り、組織率の回復など画餅にすぎない。

 政党はどうか。民主党は党役員の新春メッセージ映像を発表している。
 民主党 web-site
 このうち小沢一郎代表は「政治は生活である」と強調し、自民党の「半世紀以上の長期政権」の腐敗を批判し、「政権を替える以外に方法はない」と述べているが、その「半世紀以上」の政権中枢には小沢氏自身もずいぶんと長い間いた事実はどう説明するのか。ついでに言えば細川・羽田政権はどこへ消えたのか。あれも政権交代だったはずだが、すっかり忘却しているようである。自民党政治の主流にどっぷりと浸かり、自民党と連立しようと画策した人が「何としても総選挙で勝利しなければなりません」と言っても説得力に欠ける。

 共産党の志位和夫委員長の所感はシンプルである。
 2008年 志位和夫委員長のごあいさつ-日本共産党
 「暮らしの悲鳴がこんなに深刻に聞こえてくることはありません」とはその通りだし、「もう自民党ではやっていけない」という声も多いが、「共産党がんばって」という声は志位氏が言うほど私には聞こえない。むしろ「とりあえず政権交代」という考えで民主党に支持を奪われているのが実情ではないか。共産党に肩入れすることの多い私だが、今回は物足りなさを感じた。

 今回読んだ年頭所感の中で個人的に最も共感し、感銘を受けたのは社民党の福島瑞穂党首のメッセージである。
 社民党全国連合|2008年を迎えて 社民党党首・福島みずほ
 「大政翼賛会は、戦争一直線への道です」というあたりは教条的で史実にも反するが(翼賛体制が戦争を生んだのではなく、戦争が翼賛体制を生んだ)、「政治は、人の人生を応援すべきものであるにもかかわらず、今の政治は、人々の人生を破壊していっています」というくだりには全面賛成だし、「政治の結果生じた格差と貧困の拡大は、政策の転換でしか根本的には変えることができません」というのもその通りで、「政権交代」しても「政策転換」がなければ無意味という事実を下敷きにしている。また文章自体に何となく「優しさ」がにじみ出ているのも好感が持てる。

 もう1つ、意外と良かったのは新党日本の田中康夫代表である。
 新党日本代表 田中康夫「年末年始のご挨拶」-新党日本
 田中氏が言うように、「おかしいことは、おかしいと言う」だけでなく「おかしいことを、一緒に変えていく」という姿勢は現在の日本社会に最も必要なことである。貧困や格差が存在するとアピールする時期は終わり、貧困や格差をどう直すか、具体的に行動することが必要だろう。「怯まず・屈せず・逃げず」というモットーも、現に田中氏は参議院本会議で労働契約法案の採決に際して、統一会派を組んでいる民主党の党議を無視して反対票を投じただけに説得力がある。

 以上、いろいろな年頭所感を読んでみたが、2008年こそは「社会的平等」の価値回復への転換の年になってほしいと切に祈願している。
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by mahounofuefuki | 2008-01-01 17:40


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