大晦日にあえて「絶望」する

 2007年も今日で終わりである。
 大晦日には1年を回顧し、翌年への展望を述べるのがブログの定石だろうが、それは1年間発言を続けた者にこそ許される特権だと思っているので、開設以来4か月強しかたっていない当ブログでは「今年はこうでした」というようなことは述べない。だいたい私は本来悲観的でネガティブな人間であり、1年を振り返っても悪いことしか思い出せないし、来年への展望も暗い見通ししか示せない。参院選の余勢で今年先送りされた様々な「負債」を考えると、とてもではないが明るい未来など浮かばない。

 社会全般を見渡せばそもそも現在の年末年始の在り方からして、冷酷無比な矛盾が噴き出している。
 かつて年末年始(大晦日と三が日)は、家族団らんで骨休めする時間であり、警察や郵便局などを除いて社会全体が一時の休息を堪能できた。しかし、現在は多くのサービス業が年中無休であり、当然そこで働く労働者には正月はない。昔の小売は元日だけは休業したものだが、今や元日初売りは当たり前になってしまった。
 市場も証券取引所の大納会で終わり、という時代は過ぎ去り、電子取引が休みなく続いている。今日もパキスタン情勢の不安からアメリカの原油先物が上昇したというニュースが入っている(ロイター 2007/12/31 14:10)。いつになったら原油市場のマネーゲームは終わるのか。

 さらに多くの貧困者のことを考えると憂鬱になる。
 ホームレス、車上生活者、ネットカフェ難民には家族も住居も食糧もなく、寒空の下で生死をさまよっている。日雇い労働者は年末年始には仕事がないため完全な無収入状態になる。日雇いでなくとも派遣社員は年末年始の休業分の給与をしっかり差し引かれる。12月26日に「反貧困たすけあいネットワーク」が行った無料電話相談にも、とても年を越せないという悲鳴のような相談が多数寄せられたという(朝日新聞 2007/12/28朝刊「天声人語」)。彼らにはこたつに包り、みかんを食べながら「紅白歌合戦」を観て、年越し蕎麦を食べるような「小市民」的な大晦日を送ることなど夢のまた夢なのである。

 市場原理主義による貧困と格差はもう手がつけられないほど拡大している。「ワーキングプア」という言葉が流通し、多くの人々が貧困問題を自覚しても、依然即効性のある施策は行われていない。
 政権交代? それまで待てというのか。その前に餓死しそうだ。希望は戦争? 戦場で「意味のある死」を得られるのはプロ兵士だけで、「難民」はせいぜい銃後で勤労奉仕(という名のタダ働き)が関の山だ(「内戦」だったら階級は流動化するけど、起きそうもない)。
 2008年には市場原理主義からの転換が起きると予測する識者は少なくないが、たとえそうなっても我々「ロストジェネレーション」の「ロスト」した時間は戻らない。かつて「革命ごっこ」に興じた世代の多くは保守化し、年金のためには消費税を上げろと合唱する始末。完全な八方ふさがりである。

 大晦日だからこそ、あえてふだんはオブラートに包んでいる私の「絶望感」を明かした。
 2008年はこの絶望と格闘しながら、生きる希望を見出す努力をする1年になりそうである(結局、来年への展望を述べてしまった)。


 追伸:今年当ブログを訪問、閲覧してくださったすべての皆様にお礼を申し上げます。これという方向性もなく、生来の分裂気質が災いして支離滅裂になっている当ブログを辛抱強く読んでいただいたことに深く感謝しています。いつまで続くかわかりませんが、気力のある限りは2008年もブログを書く所存です。今後もよろしくお願いします。
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by mahounofuefuki | 2007-12-31 18:05


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