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南京大虐殺を告発して「自決」した軍人

 今日12月13日は、日中戦争のさなか日本軍が中国の南京を陥落させてから70周年にあたる。
 周知の通り、日本軍は南京への進軍から南京城内外での戦闘、さらに陥落後の占領に至る過程で、多数の捕虜、投降兵、敗残兵、住民の老若男女らを虐殺、強姦し、放火や掠奪の限りを尽くした(南京大虐殺)。残念ながら日本ではいまだにこの事件を否定しようとする人々が後を絶たないが、南京大虐殺は現地軍の軍人の日記や出征部隊の日誌などからも実証されている厳然たる事実である。

 ところで、今年9月に発売された『世界』10月号に、評論家の日高六郎氏の「戦後の憲法感覚が問われるとき」というインタビュー(聞き手は保坂展人氏)が掲載されていたが、その中で、敗戦直後に「自決」した高級軍人が遺書で南京大虐殺に言及しているという話がずっと気になっていた。もしかすると有名な話なのかもしれないが、私は初耳だったので調べてみると、確かに日高氏が1960年代に編纂した敗戦前後の言論を集めた資料集にその遺書が載っていた(日高六郎編『戦後日本思想大系1 戦後思想の出発』筑摩書房、1968年)。

 その軍人とは親泊朝省(おやどまり・ちょうせい)という人である。1903年沖縄生まれ、陸軍士官学校の第37期生で、騎兵科を首席で卒業した俊英だったという。アジア・太平洋戦争の戦局の転換点となったガダルカナル島の戦闘に第38師団の参謀として従軍、1944年からは大本営陸軍部の報道部に勤務し、敗戦時には報道部長で終戦処理にも関与した。日本政府と軍が降伏文書に調印した1945年9月2日、自ら妻子を殺害し、自身も自殺した。死の直前、8月20日付で「草莽の文」と題する遺書を書き、陸軍の関係者に配布した。
 日高氏によれば、親泊の弟と日高氏の兄が親友だった関係で遺書を入手し、資料集に紹介したという。遺書の内容は「皇国の天壌無窮を絶対に信ずる」という典型的な皇国史観に彩られており、「大東亜戦争は道義的には勝利を占めたが、残念乍ら国体の護持は困難になった」といった精神主義色が濃厚な代物だが、日本軍の行為に対する反省の弁を述べている点に特徴がある。以下、その反省の部分を引用する。そこで南京大虐殺にも言及している(太字は引用者による)。
(前略)
 明治維新なって建軍の本義漸く明らかになり、国運之に伴って隆々とし来り、国軍の威容重きをなすに従って、我等軍に従うものまた自ら反省すべきものがあったのではなかろうか。
 軍の横暴、軍の専上と世に専ら叫ばれることに就て、私は自ら反省して自らはずべきこと少なからざるものあるを悟るのである。
 例えば、満州事変、支那事変の発端の如き、現地軍の一部隊、一幕僚の独断により大命をないがしろにした様な印象を与え、満州事変以来みだりに政治に干与して事更に軍横暴の非難を買うが如き態度を示したが如きはそれである。
 また外征軍、特に支那に於て昭和十二、十三年頃の暴状は遺憾乍ら世界各国環視の下に日本軍の不信を示したといえる。即ち無辜の民衆に対する殺戮、同民族支那人に対する蔑視感、強姦、掠奪等の結果は、畏れ多き事ながら或る高貴な方をして皇軍をして蝗軍と呼ばしめ奉るに至ったのである。
 斯くて皇軍の権威は地を払い、我が陸軍は海軍とも相克対立を示すに至っては、官は軍を離れ、民も亦漸く軍を離れる次第となったのである。(後略)

 *親泊朝省「草莽の文」(日高六郎編『戦後日本思想大系1 戦後思想の出発』筑摩書房、1968年)p.p.67-68より。用語や仮名遣いに今日では不適当なものがあるが、原文のままとした。
 「昭和十二、十三年頃の暴状」とは言うまでもなく1937-38年の南京戦及び占領下での日本軍の行いを指す。また、日高氏によれば日本軍を「蝗」=「イナゴ」と呼んだ「或る高貴な方」とは皇族の東久邇宮稔彦(ひがしくにのみや・なるひこ)王だという(東久邇宮は敗戦後、昭和天皇の要請で首相となるが、政府・軍の戦争責任を曖昧にした「一億総懺悔」論を唱えて反発を呼び、さらに強力な占領改革についていけず短命政権で終わった)。

 注目すべきは、この遺書は連合国の占領が始まる前に書かれたものであり、その頃日本国内で南京大虐殺を知っていたのは、実際に南京戦・占領に参加した軍の将兵と政府・軍の高官以外にはほとんどいなかったことである。一般の人々がまだ真実を知らず、国家も隠蔽を続けていた時期に事件を告発した意味は大きい。
 妻子を道連れに「自決」するような身勝手さや、今日から見れば時代錯誤な国家観・歴史観はともかく、「大日本帝国」と日本軍の再建を願うが故に、自軍の「汚点」をあえて告発した親泊と、自己が信じる「物語」のために史実を一向に認めようとしない現在の歴史修正主義者との間には、深い溝があるように感じるのは私だけだろうか。

 奇しくも今日、欧州連合(EU)議会が「従軍慰安婦」問題に関し、日本政府に清算を求める決議を行う見通しである。EU加盟国では、特にオランダ人女性が日本占領下のインドネシア(旧オランダ領東インド)で「慰安婦」にされており、オランダ議会が日本に謝罪要求決議を行っている。「慰安婦」制度は南京大虐殺における強姦の多発がきっかけで広がった以上、両問題は密接に関係している。史実を受け入れない日本政府と多くの日本人に対する諸外国の視線は依然厳しい。改めて過去に目を閉ざすことのないよう願う次第である。

 なお、親泊朝省については、澤地久枝 『自決 こころの法廷』(日本放送出版協会、2001年)が詳しい。

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by mahounofuefuki | 2007-12-13 21:23


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