生活保護基準引き下げは小泉が与えた「宿題」

 厚生労働省社会・援護局長の私的研究会「生活扶助基準に関する検討会」が来年度からの生活保護基準引き下げを提言した問題に対する反響が広がっている。

 まずマスメディアだが、全国紙こそ相変わらずこの問題を軽視しているが、いくつかの地方紙が論説で生活保護基準引き下げの不当性を訴えている。中国新聞12月2日付朝刊社説は「低所得世帯に対しては不足分の保護申請を促すのが筋だ」と至極まっとうな見解を示した。沖縄タイムス12月3日付朝刊社説は「生活保護費の生活扶助を引き下げよりも、最低賃金制度の拡充などによって低所得世帯をてこ入れしていく政策を優先していくべき」と政府の「減額ありき」の姿勢に疑問を呈している。信濃毎日新聞12月5日付朝刊社説は「生活保護水準の引き下げが逆に低所得者の足を引っ張る結果を招きかねない」と最低賃金への影響を危惧している。
 生活保護切り下げ 物差しの当て方が逆だ-中国新聞
 [生活保護費減額]低所得層対策こそ本筋-沖縄タイムス
 生活保護 安易な引き下げは疑問-信濃毎日新聞
 いずれも今回の生活保護基準の引き下げが貧困の拡大を促進する危険性を警告しているのである。

 また日本弁護士連合会(日弁連)が平山正剛会長名で生活保護基準引き下げの拙速に反対する声明を発した。
 安易かつ拙速な生活保護基準の引き下げに反対する会長声明-日弁連
 声明では、生活保護基準に連動して、地方税の非課税基準、介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法による利用料の減額基準、公立高校の授業料免除基準、就学援助の給付対象基準、国民健康保険料の減免基準などが引き下げられる可能性を指摘し、生活保護の引き下げが、受給者のみならず、生活保護を受給していない低所得層全般にも大きな影響を与えることを明らかにしている。
 声明はさらに、昨年7月に日弁連が実施した生活保護全国一斉電話相談の結果から「福祉事務所が保護を断った理由の約66%が違法である可能性が高」いと、蔓延する「水際作戦」を告発している。当ブログでも以前、生活保護申請者に申請書を渡さない「水際作戦」受給者を脅迫して「辞退」に追い込む不法行為を指摘したが、行政が堂々と違法行為を繰り返す状況に日弁連からも危惧の声が出ているのである。
 なお権力とマイノリティ:精力的にロビーイング活動を行う生活保護や貧困に取り組む弁護士らによると、生活保護や貧困問題に取り組む弁護士や司法書士らが国会議員へ生活保護切り下げ中止の請願活動を行っているという。このことも法曹界の危機感の表れだろう。

 以上のように、生活保護切り捨てに抗議する声が高まっているためか、民主党が12月5日、生活保護基準の引き下げに反対する談話を政策調査会長と「ネクスト厚生労働大臣」の連名で発表した。
 民主党:生活保護の引下げに反対する(談話)
 今国会で参院の第1党となり、議事運営の主導権を握ったにもかかわらず、改正最低賃金法と労働契約法で政府・与党に一方的に妥協した「前科」があるだけに、どこまで本気かは不明だが、少なくとも現時点でははっきりと「慎重な検討」を要求したことは心強い。民主党が裏切ることのないよう、同党に対して恒常的に生活保護基準の引き下げに正当性がないことを訴える必要があるだろう。

 「生活扶助基準に関する検討会」は生活保護基準引き下げの理由として、2004年の全国消費実態調査をもとに、最も低い年収階層の所得よりも生活保護の給付額の方が多いことをあげたが、これは「生活保護が高い」のではなく、生活保護を受けるべき低所得者が生活保護を受給できていないことを示す。生活保護を受けさせずに、「生活保護以下」の貧困層を増やしておいて、それで「生活保護が高い」と言うのは政府の「自作自演」の貧困拡大策でしかない。
 重要なのは、「検討会」が挙げた「生活保護が高い」という理由は、「減額ありき」という結果が先に決まっている上での後付けであり、生活保護引き下げの真の理由は別のところにあることだ。

 前記の中国新聞や信濃毎日新聞が言及しているように、厚生労働省が生活保護の切り捨てに躍起になっているのは、政府がすでに社会保障費の削減を決めていて、来年度予算編成までに削減分を提示しなければならないからである。
 小泉内閣末期の2006年7月に経済財政諮問会議が定めた「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」(いわゆる「骨太の方針2006」)は、2011年までに国が歳出する社会保障費を1.1兆円削減することを命じ、毎年平均2200億円の削減を義務付けている。生活保護に関しては「生活保護扶助基準について、低所得世帯の消費実態等を踏まえた見直し」「母子加算について、就労支援策を講じつつ、廃止を含めた見直し」「級地の見直し」などを「可能な限り2007年度に、間に合わないものについても2008年度には確実に実施する」と具体的な指示を行っている。
 この「骨太の方針2006」に従い、今年度は雇用保険の失業給付の国庫負担削減や生活保護の老齢加算の廃止・母子加算の段階的廃止により、2200億円の削減分を捻出した。そして来年度も同じく社会保障費の削減分2200億円を捻出しなければならず、厚労省はあわてて「検討会」を作り、おざなりの議論で生活保護基準の引き下げを決定したのである。
 要するに、小泉内閣が決めた「弱者切り捨て」方針が、内閣が交替しても財政を拘束しているのである。いわば小泉純一郎が残した「宿題」を今も政府はこなしているといえよう。究極のところ「骨太の方針」をやめさせない限り、生活保護を含む社会保障制度はどんどん悪化する一方なのは明らかだ。

 政府・与党は今後、生活保護のモラルハザードを喧伝し、長時間労働と低賃金に喘ぐ労働者との「不公平」を前面に出すだろうが、以上のような経過を考慮すれば、それはまやかしにすぎない。
 繰り返しになるが、「生活保護が高い」のではなく、「生活保護以下」なのに保護を受けられないことが問題であることをはっきりと認識してほしい。

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最低賃金法改正案・労働契約法案における民主党の妥協
最低賃金と生活保護-北海道新聞の記事より
生活保護切り下げは厚生労働省の「自作自演」の貧困拡大策

【関連リンク】
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第1回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第2回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第3回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第4回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第5回資料
生活扶助基準に関する検討会報告書(案)*PDF
生活扶助基準に関する検討会報告書参考資料*PDF
厚生労働省:平成18年度社会福祉行政業務報告(福祉行政報告例)結果の概況
経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006*PDF
社会保障予算~歳出削減と制度構築の在り方~-厚生労働委員会調査室 秋葉大輔*PDF
生活保護問題対策全国会議blog
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特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター もやい
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by mahounofuefuki | 2007-12-06 22:36


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