ロシア下院選の日に考える~「下から」の民主化の帰結と政治文化

「なぜ日本では議会制民主主義が定着せず、機能しないのか?」
今から10年くらい前まで、私はその原因を、日本の民主主義が「下から」勝ち取ったものではなく、「上から」占領軍に与えられたものだからだと考えていた。
主権者として自立した人々による「市民社会」の可能性を純粋に信じていた頃の話である。

しかし、いつしかその考えはすっかり霧散してしまった。
考えが変わった第1の要因は、日本近代史を学習する中で、自由民権運動や大正デモクラシーなど戦前の日本における民主化の波が、私の勝手に思い込みとは違って、西欧の市民革命に劣らない、非常に充実したものだったと知ったことである。
日本には「下から」の民主化の伝統は実際に存在し、現在に至るまで着々と受け継がれているという事実は、占領軍が西欧型民主主義を「遅れた日本人」に授与したという皮相な見方を打ち消した。特に明治・大正期の帝国議会の会議録を読んで、当時の議員たちの憲政に賭ける気迫や演説の巧みさに驚かされた。現在の世襲議員ばかりの国会よりはるかに優秀であり、議会政治という点では、多数党の独裁になってしまっている戦後よりもよほど機能していたのではないか、とさえ考えるようになった。

第2の要因は、「下から」の革命を何度も経験しているはずのロシアの変貌である。
ロシアは周知の通り、第1次世界大戦のさなか、2度の革命で専制政治が倒され、史上初の社会主義国家であるソビエト連邦を打ち立てた。しかし、その結果はこれも周知の通り、スターリン独裁による全体主義を生みだし、民主主義の灯は完全に潰された。
その後、ソ連は1980年代末に、「下から」の民主化運動によって、全体主義の放棄を余儀なくされ、旧勢力によるクーデターの失敗を機にソ連は解体された。少年時代の私は「東欧革命」からソ連解体に至る、民衆が独裁権力を打ち倒す姿に素直に感動していた。
だが、ソ連解体後、民主化は順調に進むかと思いきや、急激な市場経済の導入でロシアは混乱し、議会制は機能せず、内戦寸前の状況が続いた。
そして、今世紀に入り、一連の革命劇がまるでなかったかのように、プーチンによるファシズム的な独裁が成立してしまった。「下から」の民主化と民主主義の定着には何ら相関関係がないことをようやく悟った。

今日、そのロシアで下院総選挙の投票が行われている。
どの報道もプーチン大統領の与党が圧勝すると伝えている。
先月、モスクワでプーチン独裁に抗するデモが行われ、チェスの元世界王者のカスパロフ氏らが逮捕された。彼は最近釈放されたが、記者会見で拘束中には弁護士との接見も許されなかったと語り、「ソ連時代にもなかった無法な反体制派抑圧がなされている」と告発した(毎日新聞 2007/12/01 20:42)。
政府に批判的なジャーナリストや言論人が何人も「消され」、スターリン時代を彷彿とさせるプーチン礼賛のプロパガンダが全国を覆っている。今やロシアには言論の自由も表現の自由もなく、権力分立も議会制民主主義もまったく存在しない。「カネ儲けの自由」=「搾取の自由」だけがあるぶん、ソ連時代よりも閉塞した社会であると言えよう。

ロシアはこの300年あまり、終始カリスマへの個人崇拝を生んできた。
イワン雷帝、ピョートル大帝、エカテリーナ2世といった専制君主たち。レーニン、スターリンといった巨人たち。それが東方正教の影響なのか、別の要因があるのか不明だが、ロシアの近世・近代はカリスマ的人格への「帰依」という政治文化が脈々と流れているような気がする。

ちなみに日本の方は、これとは対照的に責任の所在が不明確な「権力の多元性」の伝統が、徳川幕府以来続いていると言える。
日本とロシアは政治文化こそ異なるが、「下から」の民主化が制度化できないという点では共通する。プーチン独裁の行方は、現在、変動期にある日本の政治にとっても決して無縁ではない。
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by mahounofuefuki | 2007-12-02 15:47


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