最低賃金法改正案・労働契約法案における民主党の妥協

重大なことに限って、私たちの知らないところでいつのまにか決まってしまうものである。
昨日(11月8日)、最低賃金法改正案と労働契約法案が衆議院本会議で、与党と民主党などの賛成により可決され、参議院へ送付された。
もともとこの2法案と労働基準法改正案の3点セットは、前々回の国会で安倍内閣が提出して以来審議が継続していたが、「大連立」をめぐる騒動の陰で政府と民主党が修正協議を行い、労基法こそ妥結しなかったが、残りの2法案は妥協が成立した。
2法案とも民主党は対案を議員立法で提出していたが、修正により撤回した。

実のところ私は衆参の「ねじれ」のために、労働関係3案のうち少なくとも最低賃金法以外の2案は今国会でも継続審議となり、先送りされるものと思っていた。前にブログで労働契約法案に関するリンクを作成したが、本格審議はまだ先と考え、少しずつ材料を揃えて準備してからブログで書くつもりだった。
ところが、対案まで出していた民主党が衆院の段階であっさり妥協し、今国会の会期延長も決まったため、成立が確実になってしまった。私の見通しは完全に甘かったのである。
そんなわけで後追いになってしまったが、成立前に触れておかないと悔いが残るので、今日ブログでこの問題を書くことにした。

まず、最低賃金法改正案であるが、これは現行の最低賃金が生活保護給付よりも低額である「逆転現象」を是正するために出されたものである。
私の手元には2002年のデータしかないのだが、たとえば東京23区の場合、1か月あたりの最低賃金額は12万3,520円(月間総労働時間が平均場合)なのに対し、標準世帯の生活保護給付額は16万3,970円で、最低賃金より生活保護給付の方が約4万円も高い(橘木俊詔 『格差社会 何が問題なのか』 岩波書店、2006年)。しかも、実際は法定最低賃金がまったく守られておらず、最低賃金以下の賃金で働いている人々が大勢いる。

そこで政府案では第9条に「労働者の生計費を考慮するに当たっては、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする」という規定が追加されたが、これは読みようによっては最低賃金を生活保護に合わせて引き上げるのではなく、逆に生活保護給付を引き下げることで「整合性」を保つ可能性があることを意味する。

一方、民主党の当初案では、現行の地域別最低賃金に加えて、全国最低賃金を定め、それら最低賃金の決定にあたっては「労働者の生計費および賃金並びに通常の事業の賃金支払能力」を算定基準とする現行法を改め、「労働者及びその家族の生計費を基本としてさだめられなければならない」と、生計に必要なだけの金額を最低賃金とすることを義務付けていた。
もともと民主党は先の参院選で最低賃金を時間額1,000円に引き上げることを主張しており、当初案はその公約に一応沿った形であった。

ところが、民主党は、政府案の「生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする」という条文に「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」という文言を加えるだけで、政府に妥協してしまい、全国最低賃金も生計費による算定も撤回してしまった
政府が来年予定している生活保護給付の切り下げを考えると、これでは最低賃金の実質的な引き上げは望めない。

それでも最低賃金法の方は、罰則が強化されただけでも現状よりましになったが、より問題なのは労働契約法案である。
これについては以下の記事が問題を端的に伝えている。
「会社やりたい放題」の労働契約法案 働く女性の全国センターが廃案訴え-JanJan
*太字は引用者による。

(前略)労働契約法案は、「就業規則による労働条件の不利益変更がいつでも可能」という制度が導入され、企業が一方的に定めることを慣行としてきた就業規則を「労働契約」と位置付け、法的な規範を与えられる。

 就業規則は労基法89条により、就業時間、賃金、退職事項、服務規程、出向、配転、懲戒など広範な労働者の権利義務全般について規定するものである。この就業規則は、「労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見を聞く」必要はあるが、あくまで意見を聞けばよく、仮に反対意見があったとしても、企業側が一方的に作成したものを労基署に届け出るだけでよい。

 政府案は、第9条で労働条件の不利益変更を禁止しつつも、第10条の但し書きで、(1)労働者の受ける不利益の程度、(2)労働条件の変更の必要性、(3)変更後の就業規則の内容の相当性、(4)労働組合等との交渉の状況、(5)その他の就業規則の変更に係る事情に照らして「合理的」であれば変更できるとされている。

 民主党の対案においても、第5条では「合理的な労働条件の定めがあり、労働者に明示すれば使用者との合意を推定する」、第23条では、「使用者の権利の必要性と、労働契約の内容が合理的であれば変更可能」と謳っている。この場合の「合理的」が、労働者の意志や労働実態に沿ったものになるとは考えにくく、使用者にとっての解釈で安易に使われる可能性が高い。ACW2では労働契約法は「会社やりたい放題法案」ではないかと訴えている。(後略)
*注 ACW2=働く女性の全国センター
要するに政府案も民主党案も、就業規則の変更で会社側が一方的に労働条件を変えることができるのである。最も重要な要素で当初から与野党に違いはないのだから、当然妥協しやすい。結局労働契約を「就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結する」という規定を加えただけで(共同通信 2007/11/07 18:10)、衆院を通過してしまった。

私が注目したいのは次の2点である。
第1に、この2法案を参院ではなく衆院で修正し、妥協したことである。
衆院は現在与党が圧倒的多数を占めており、当然政府案が可決される。しかし、参院では与党は過半数に届かず、修正なしには通らない。つまり民主党は仮に与党との協議に応じて修正を図るにしても、野党が主導権を握る参院に送付されてからでも遅くはないのである。その方が政府・与党に対して優位に立てる。
ところが民主党は衆院で妥協して政府と修正案を作り、採決では与党とともに賛成した(共産党は2法案とも反対し、社民党は最低賃金法改正案のみ賛成した)。これは民主党による与党への「サービス」と言わざるをえない。野党を分断するものであり、民主党は自ら国会での野党共闘の枠組みを壊しているのである。
(ちなみに今日成立した被災者支援法の場合は、与野党共同の議員立法でまず参院に提出され、共産党や社民党も修正に加わって全会一致を得ており、野党共闘を壊して政府立法に妥協しただけの労働2法案とはまったく異なる。)

第2に、労働基準法改正案だけは与党側と妥協しなかったことである。
政府が提出した労基法改正案では、時間外労働が1か月80時間超の場合、50%以上の割増賃金の支払いを定めているが、残業80時間超というのは過労死認定基準であり、民主党の支持母体である連合は、労働時間にかかわらず残業の割増賃金を50%以上に引き上げるよう求めている。
民主党は連合に配慮して労基法では政府に妥協しなかったのだが、逆に言えば、契約社員や派遣社員やパートタイマーにとって死活問題である最低賃金法や労働契約法では政府に妥協したのに、大企業の正社員の要求には配慮したことになる。
残業代の割増率がどうのと言えるのは、きちんと残業代を支払っている企業(たいていは大企業)だけの話であって、そもそも「サービス残業」を強いられている人々にとっては割増率の増減どころではない。連合は公務員と大企業の正社員を中心とする労組であり、現在全労働者の3分の1を占める非正社員の声はほとんど反映していない。
こんな状況で非正社員層が民主党を支持するだろうか。

「小沢騒動」は民主党が「大連立」を拒否して終息したことになっているが、実際はすでに自公政権と民主党の政策協調が始まっているのである。
「小沢のいる民主党」の実態はこんなものである。民主党に野党共闘の維持と政権交代を求めるなら、小沢氏の代表留任にこだわる必要などなかったことがこれで明らかだろう。

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【関連リンク】
衆議院-議案
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by mahounofuefuki | 2007-11-09 18:01


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