企業による「殺人」

上司の暴言に耐えかねて2003年に自殺した日研化学(現・興和創薬)の30代の男性社員に労災を認定するよう妻が求めた訴訟で、東京地裁は暴言と自殺の因果関係を認め、労災給付金の不支給処分を取り消す判決を下した。

新聞各社の報道を総合すると、自殺した男性社員は日研化学名古屋支店静岡営業所で医療情報担当者として勤務し、沼津地方の病院への営業を担当していたが、2002年4月に営業成績向上のために送り込まれた係長が、同年秋頃から厳しい暴言を繰り返したため、男性社員はうつ病を発症し、2003年3月に首つり自殺した。死後、残された妻は労災を申請したが、静岡労働基準監督署は労災を認めず、給付金の不支給処分を下していた。

自殺した男性の遺書は次の通り(毎日新聞 2007/10/15 20:27)。

 悩みましたが、自殺という結果を選びました。仕事の上で悩んでいました。入社して13年程になりましたが、係長に教えてもらうには手遅れで、雑談すら無くなりもうどうにもならなくなっていました。恥ずかしながら最後には「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している、御願いだから消えてくれ!」とか「車のガソリン代ももったいない」「何処へ飛ばされようと俺が仕事しない奴だと言いふらしたる!」等、言われてしまいました。情けなくてどうしていいものかわからなくなり、元気もなくなり自分の欠点ばかり考えてしまい、そんな自分が大嫌いになってしまいました。先月からふと「死にたい」と感じ、家族の事や「このまま終わるか!」と考えると「見返してやる」思っていたのですが、突破口も無く係長とはどんどん話が出来る環境になりませんでした。しかし、自分の努力とやる気が足りないのだと、痛切に感じました。係長には「お前は会社をクイモノにしている、給料泥棒!」と言われました。このままだと本当にみんなに迷惑かけっぱなしになってしまいます。
 転職等、選択肢もあるし家族の事を考えると大馬鹿者ですが、もう自分自身気力がなくなりどうにもなりませんでした。
判決によれば、この係長は遺書に記された暴言のほか、「お前は会社を食い物にしている。給料泥棒だ」(朝日新聞 2007/10/15 19:57)とか「対人恐怖症やろ」(共同通信 2007/10/15 19:30)などとも発言していたという。判決はさらに「係長の態度には男性への嫌悪の感情があった」「男性の立場を配慮せずに大声で傍若無人に発言していた」とも指摘している(読売新聞 2007/10/15 22:15)。ヤクザ風の関西弁で大声で怒鳴り散らす姿が目に浮かぶ。

労働者の人間性を奪う企業社会にあって、中でも営業職は最も厳しい状況に置かれている。成果が売り上げという具体的な数字として現れるため、ノルマを課しやすく、競争を強要しやすいからだ。
この会社の場合も営業成績の悪い営業所に「敏腕」の管理職を送り込み、ノルマを徹底し、社員間の競争を煽ったのは間違いない。成果主義と競争原理が支配する職場において、成果の上がらないものを暴力的に攻撃するのは、他の社員への威嚇と見せしめのためである。さらにスケープゴートを用意することで、社員の不満をガス抜きする「効果」もある。スケープゴートにされた方はたまったものではない。
現代の企業はもはや人間らしさのかけらもない殺伐とした「ジャングル」なのだ。

成果主義・能力主義は成果や能力の上下を「自己責任」に転嫁する。
実際は単にその企業の商品に魅力がなかったり、市場の需給バランスが供給過剰だったり、営業の努力ではどうにもならない要因で成果が出なくても、個々の社員の責任にされる。
問題なのは、企業という狭い世界しか知らず、企業が与える成果主義以外の価値意識に触れる機会がない労働者は、この「自己責任」を全面的に受け入れ、うまくいかないと自分を責めてしまうことだ。
自殺した男性も遺書で、「自分の努力とやる気が足りないのだと、痛切に感じました」と自分を責め、会社を責める言葉はない。「自己責任」思想にどっぷりと洗脳されていたことがわかる。

この自殺は「自殺」ではなく、企業による「殺人」である。
そして氷山の一角にすぎない。今回の件は残された妻が泣き寝入りせず、立ち上がったからこそ明るみに出たのであって、実際は企業からのわずかな「見舞金」で口を封じられたり、遺書も何もなくて闇に葬られている事例の方が圧倒的に多い。
葬られた事件を発掘し告発するのが、残された私たちの責務なのだろう。
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by mahounofuefuki | 2007-10-16 13:04


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