教科書改竄の「黒幕」

文部科学省が2008年度の高校用日本史教科書の検定で、沖縄戦における軍による住民の「集団自決」強制の史実を改竄したことに抗議する沖縄県民大会が、昨日宜野湾で開催された。参加人数は約11万人。知事や県議会を含む超党派による行動で、まさに沖縄全県の人々のこの問題に対する怒りが今や沸点に達していることを示していよう。
私もこの検定結果に怒りを感じていた1人として、沖縄県民の思いに全面的に共感している。

今回の教科書検定の不可解さは、同じような記述が前回の検定を通過しているのに、今回は修正されたことにある。
文部科学省の「高等学校歴史教科書に関する検定結果(平成18年度)」によると、沖縄戦に関し、日本軍による「集団自決」の強制や住民殺害を示す記述はいずれも「沖縄戦の実態について誤解するおそれ」があるという検定意見が付されている。たとえば「日本軍によって壕を追い出され、あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった」という記述が「そのなかには日本軍に壕から追い出されたり、自決した住民もいた」と修正されている。
軍の関与を少しでも隠蔽しようという意図が明確だ。

教科書検定制度は、教科書発行者(出版社)が申請した教科書を、まず常勤の教科書調査官が「調査」し、それをもとに教科用図書検定調査審議会が「審査」し、合否を決定する。その際、教科書の内容に「修正」が必要であると判断した場合、審議会は教科書発行者に検定意見を通知する。この通知に従って発行者は内容を修正し、再度審議会が審査して合否を決定して、文部科学大臣に答申する(教科書検定の手続)。検定意見に従わなければ合格できないから、この意見は絶対なのである。

問題はこの教科用図書検定調査審議会は有名無実化し、検定の実務を担う教科書調査官が決定的な役割を果たしていることにある。
検定 審議実態なし/小委、文科省意見を追認 (沖縄タイムス)
今回も審議会の日本史小委員会は、沖縄戦に関し特に議論することなく、調査官の検定意見原案を素通りさせたことが明らかになっている。しかもこの小委員会自体が2006年10月30日と11月13日の2回しか開かれていない。
官僚主導 黙る「素人」 (沖縄タイムス)
審議会が単なる「事後追認機関」と化していることがわかるだろう。要するに史実改竄の主役は教科書調査官なのである。

それでは、この教科書調査官とはいったいどんな人なのか。
この件について共産党の赤嶺政賢衆院議員が、7月3日に提出した質問主意書で調査官の氏名公開を政府に求めた。
沖縄戦の強制集団死(「集団自決」)をめぐる文部科学省の検定意見に関する質問主意書
これに対し、政府は7月10日付の答弁書で、日本史担当の調査官が高橋秀樹、照沼康孝、三谷芳幸、村瀬信一の4氏であることを明らかにした。
衆議院議員赤嶺政賢君提出沖縄戦の強制集団死(「集団自決」)をめぐる文部科学省の検定意見に関する質問に対する答弁書

CiNiiReaDによれば、このうち、高橋秀樹氏は『中世の家と性』などの著作がある日本中世史の研究者、三谷芳幸氏は「令制官田の構造と展開」などの論文がある日本古代史の研究者である。専攻からしてこの2人はおそらく近・現代史の調査に関係していない。
問題は残る2人である。照沼康孝氏は「宇垣陸相と軍制改革案」「鈴木荘六参謀総長後任を繞って」などの論文がある。また村瀬信一氏は『帝国議会改革論』などの著作がある。いずれも日本近代史の研究者である。
この2人のどちらか、あるいは両者が沖縄戦史実改竄の「犯人」とみていい。

ところで、この照沼、村瀬両氏からある人物が浮かび上がってくる。両者とも東京大学大学院人文科学研究科の国史専攻の出身である。彼らの「師匠」が、現在政策研究大学院大学教授の伊藤隆氏である。
多少でも日本近代史をかじったことのある人で、伊藤隆氏の名を知らない人はいないだろう。1971年に東京大学文学部助教授に就任、81年には教授となり、93年に停年退官するまで、20年間も東大国史科の近代史専攻の教員として君臨し、多くの業績をあげ、後進を育てた「大御所」である。特に史料発掘の功績は大きく、政治家・官僚・軍人の日記や書簡をいくつも紹介、翻刻した。現在、昭和天皇研究に欠かせない『牧野伸顕日記』や陸軍研究の第1級史料である『上原勇作関係文書』など伊藤氏が中心となって発掘した歴史資料は数えきれない。その門下からは現在第1線で活躍する研究者が何人も輩出しており、「伊藤一門」というべき一大学閥を形成している。照沼、村瀬両氏もその伊藤門下である。

この伊藤氏は、東大史学の伝統である官学アカデミズム流の「実証主義」の系譜をひく研究者である。「実証主義」とは何よりも徹底して史料に基づいて事実を明らかにすることを重視するが、残存する史料はどうしてもエリートに偏り、民衆の史料は残りにくい。しかも政治史偏重になりがちである。
この「実証主義」固有の弱点に加えて、伊藤氏の場合、若い時から猛烈なナショナリストであり、学術概念としての「ファシズム」「大正デモクラシー」を否定し、左右を問わず「革新」を嫌い、「現状維持」を好んできた。
その保守的体質から、自民党タカ派(たとえば中曽根康弘氏)と結びつき、一貫して国家の側からの近代史像を打ちたててきた。
軍事史を得意としながら、日本軍の戦争犯罪の研究をまったく無視し、ついには「実証主義者」であるはずが、実証的研究よりも「国家の都合」を重視する「新しい歴史教科書をつくる会」に参加するまでになった。

「新しい歴史教科書をつくる会」と教科書検定の関係については、4月25日の衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、民主党の川内博史議員が、教科書調査官の村瀬信一氏が「つくる会」教科書の監修者である伊藤氏と師弟関係にあることを追及している。
166回国会 教育再生に関する特別委員会 平成19年4月25日
しかし、既に述べたように、伊藤門下なのは村瀬氏だけではなく、照沼氏もそうである。ついでに言えば、有名無実化している教科用図書検定調査審議会の委員・臨時委員にも、駿河台大学教授の広瀬順晧氏や九州大学大学院教授の有馬学氏といった「伊藤一門」の研究者が顔をそろえている。
ここから想定できるのは、伊藤氏が教科用図書検定審議会委員や教科書調査官の推薦を行っているのではないかという疑惑である。少なくとも文部科学省が伊藤氏に人選の相談をしている可能性は高い。そうでなければ日本史担当の教科書調査官の半数が同一門流出身というのは異常である。
「伊藤一門」のすべてが「つくる会」を支持していたわけではないが、学界における師弟関係は絶対的なものがある。彼らが伊藤氏を批判することなどありえない。要するに「つくる会」があろうとなかろうと、伊藤氏の影響力がある限り、今回のような検定がいつでも起こりうるのである。

周知の通り「つくる会」は血みどろの内部抗争を繰り返し、今年ついに分裂した。
伊藤氏は既に分裂前の昨年3月に「つくる会」の理事を辞任しており(つくる会の体質を正す会)、現在は八木秀次氏らの「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」に参加している(産経新聞)。これまで「つくる会」の教科書を発行してきた扶桑社は、新組織の方に鞍替えした。今後は「つくる会」とこの新組織が競合し、共倒れになる可能性が強いが、伊藤隆と「伊藤一門」という存在がある限り、教科書検定の歪みは正されることはないだろう。

今一度、かつての家永教科書訴訟の原点に立ち返って、教科書検定制度の廃止を検討するべきではないか。

なお、沖縄戦の史実を学びたい人には、次の2冊を推薦する。
林博史 『沖縄戦と民衆』 大月書店、2001年
藤原彰 『沖縄戦 国土が戦場になったとき 新装版』 青木書店、2001年

[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-30 16:09


<< 改正雇用対策法で本当に救われるのか? ブログ開設1か月 >>